新カタナは恐ろしいほど格好良い【デザインを考える】

「このイラストのカタナ、なんか違う」と思った人はするどい。これは現行のスズキKATANAではなく、KATANAの開発のきっかけとなった「KATANA3.0」と名づけられたコンセプトモデルのデッサンを、イラストレーターのPOROporoporoさんに模写してもらったものである。

私は過去の記事で、カワサキZ900RSのデザインは、Z1のオマージュというよりセルフ・パクりなのではないか、と評したが、KATANAについては「これこそオマージュである」と高く評価している。

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KATANAは超絶格好良い。その秘密を探っていく。

目次

新カタナを3代目と数える

(ザ初代のGSX1100S KATANA。メーカー公式サイトから。以下同)

カタナの名称はZほどは複雑ではないが、それでも錯綜している部分があるので、デザイン論に入る前に整理しておく。

カタナの始祖は、1981年にデビューしたGSX1100S KATANAだ。これはスズキ社外のハンス・ムートという人たちがデザインしたもので、本稿ではこれを初代カタナと呼ぶ。

カタナはその後、派生モデルがいくつか誕生したので、どれを2代目カタナにするかは議論の余地があるが、本稿では1984年にデビューしたGSX750S KATANAをそれにする。

(残念な2代目)

2代目カタナはリトラクタブル・ライトを採用した意欲作だったが、失敗したといってよいだろう。デザインは決して悪くなく、一部のマニアには今でも人気だが、いかんせん初代カタナのデザインが優秀すぎた。

そして現行車である3代目カタナは、正式名称が「KATANA」である。「GSX」も「排気量を表す数字」も名前につかない。本稿はこの3代目カタナを新カタナと呼ぶことにする。

3代目をヒットさせたことの苦労をしのぶ

ガンダムもゴッドファーザーも、ファーストが良いに決まっている。2(ツー)は大体残念だ。だから大友克洋もクエンティン・タランティーノも1(ファースト)しかつくらないのだろう。

しかし、まれに隔世遺伝が起きることがある。カリオストロの城はルパン三世3(スリー)みたいなものだし、ウォーキング・デッドも24もシーズン4ぐらいがちょうどよい。

そして、バイク界の奇跡の隔世遺伝が新カタナだ。

伝説と化した初代カタナのブランド力を借りて2代目カタナをつくったものの大ゴケした。普通はこれでやめる。ところがスズキはカタナの再生をあきらめていなかった。その代わり安易にカタナ・ブランドを使い回すことはやめて、じっくり策を練ることにした。

そして2019年に、つまり初代のデビュー(1981年)の38年後に「カタナの正解」を出した。そう、私は、新カタナは正しいとすら思っている。

デザインには不正解はたくさんあるが、正解はなかなかない。なぜならデザインは感性によるところが大きいので、誰かが正解といっても、別の人が不正解ということがあるからだ。

しかし新カタナは正解を出したデザインといえる。

新カタナのデザインには力がある。よく「写真や動画でみたときは格好良いと思わなかったが、実物をみたら案外いいじゃん」という評価を聞くが、こういうデザインには力がない。力があるデザインは、写真だろうと動画だろうと、見た者を「もってく」。そして新カタナには「もってく」力があった。

スズキもそう思ったからKATANA3.0コンセプトのデザインに、3代目カタナの命運をかけたのだろう。スズキの責任者は、3代目カタナ・プロジェクトのゴー・サインを出すのに相当迷ったという。それはそうだ。3代目も失敗していたら、カタナ・ファンは嘆き悲しんでいただろうからだ。いや、カタナ・ブランドが消滅していたかもしれない。

新カタナの誕生は超異例

新カタナはどのように生まれたのか。この誕生の仕方は、スズキにしかできないだろう。スズキは、すごいバイクをつくることができることがわかったら、必ずつくってしまう。

イタリアのバイク雑誌の企画がきっかけ

(KATANA3.0コンセプトの本物のデッサン)

新カタナはスズキ本社のデザイナーたちが描いたのではない。かといって、ヤマハのように提携しているデザイン会社につくってもらったものでもない。

では新カタナの元になったKATANA3.0コンセプトは誰の作品なのか。それは、1)イタリア・スズキ、2)モトチクリスモ(イタリアのバイク雑誌)、3)ロドルフォ・フラスコーリ氏(イタリアのデザイナー)、4)エンジンズ・エンジニアリング(イタリアの小規模バイクメーカー)の4者の合作である。

工業デザイン王国イタリアがつくったことは、新カタナの格好良さの根拠の一つに数えたくなる。

この4者は、モトチクリスモのカスタムバイク企画の一つとしてKATANA3.0コンセプトをつくった。デザインしただけでなく、実際にGSX-S1000Fを買ってきて外装をすべて外して、KATANA3.0コンセプトの外装をくっつけて走れるようにしてしまった。4者のなかにイタリア・スズキが入っているところが驚きだ。

(GSX-S1000F)

「これだ、すぐつくれ」

イタリア・スズキが入っているとはいえ、日本のスズキ本社からすればKATANA3.0コンセプトは単なるカスタムバイクである。ところが4者が2017年のミラノショー(EICMA)にKATANA3.0コンセプトを出品すると、大きな話題となる。それはスズキ本社が無視できないほどのもので、すぐに「これをベースに3代目カタナをつくれ」となった。

新カタナ・プロジェクトには土台があった。スズキ本社内では、3代目カタナの企画が何回も出されていたが、ベース車や技術進歩の兼ね合いですべて立ち消えになっていたのである。

つまり、イタリアのアイデアが、3代目カタナをつくりたくてつくりたくて仕方がなかったスズキ本社のオメガネにかなったわけだ。

スズキ本社の担当者たちは「とうとう正解が出た」と思ったのだろう。スズキ本社のデザイン・チームはこう言っている。

「我々のすべきことはデザイン・プロポーザル(つまりKATANA3.0コンセプト)に込められた想いをしっかりと受け継いで、その造形を美しさと性能の両面からさらに鍛えあげてスズキの魂が入ったカタナをつくりあげることでした」

この言葉には、「すごいバイクをつくることができることがわかったら、必ずつくってしまう」スズキ魂がこもっている。普通の兆円メーカーのデザイナーなら、雑誌に載ったバイクをデザインし直すことを嫌がるだろう。プライドが傷つかないわけがない。しかしスズキのデザイナーは違った。KATANA3.0コンセプトに込められたイタリア陣営の想いを理解できたのである。

もう一つ注目したいのが時間軸だ。

2017年にKATANA3.0コンセプトが出て、スズキ本社でゴー・サインが出たのが2018年1月という。そこから新カタナのデビュー(2019年5月)まで1年半もない。

いくらベース車両があったとはいえ、いくらデザインが決まっていたとはいえ、兆円企業がこれだけ迅速に行動したことは驚嘆に値する。約40年もの間に溜まりに溜まった「3代目カタナをつくりたい」という欲求が爆発したのだろう。

デザインのために犠牲にしたこと

ただ、この突貫工事には弊害もあった。

新カタナはとにかくデザイン優先なので、タンク容量は12リットルしかないのだ。タンクは大きそうにみえるが大半はダミーで、なかには大きなエアクリーナーが鎮座している。ちなみにベース車両のGSX-S1000Fのタンク容量は17リットルである。

もう一つの弊害もデザインのしわ寄せで、シート下にもリアカウル下にも余白がなくなったので、バッテリーをGSX-S1000Fのそれより小さいものを積むことになった。

このデザインありきは本物だ

私は常々、日本のバイクメーカーには、デザインありきでバイクをつくってもらいたいと思っている。実用性もコーナリング性能も軽量化も結構だが、4大メーカーはあれだけ多くの種類のバイクをつくっているのだから、デザインだけでつくったバイクがあってもいい。なのに4大メーカーはどうしてもそこまで振り切れない。

しかしこの新カタナは間違いなく、数少ない日本製のデザイン・オンリー・バイクである。このことがよくわかるのがカウルとタンクの造形だ。

新カタナのカウルには片面だけで11本のラインが入っている。タンクには8本のラインが走っている。曲げを入れつつ日本刀のキレを表現するには、折り目が適している。

さらに興味深いのが、これらのラインが直線基調である点である。ラインを曲げればより複雑な表情をつくることができるが、スズキ本社のデザイナーたちはそれをしなかった。

必要な形ならコストをかけてつくるが、高い造形技術を誇示するような、デザインのためのデザインはしない。

大胆さと抑制をあわせ持つデザインは、みていて気持ちいい。

まとめに代えて~解釈ならオマージュ、近づけるとパクり

初代カタナをルーツに持つ新カタナと、Z1をルーツに持つZ900RS。この2台は出自がとてもよく似ている。

しかし私は前者をオマージュとみなし、後者にパクり容疑をかけている。このようにいうと「結局あなたは、新カタナが好きでZ900RSが嫌いなだけでしょ」と指摘されそうだ。これにはきちんと応えなければならないだろう。

私の定義はこうだ。

●オマージュ:過去の作品を解釈したもの

●パクり:過去の作品に近づけようとしたもの

解釈と近づけることに優劣をつけない人もいるだろう。もしくは、解釈と近づけることは同じだ、という人もいるかもしれない。

しかし私は、解釈は前進であり、近づくことは後退であると考える。では、なぜ新カタナが解釈で、Z900RSは近づけること、といえるのか。実はそこまで責められると、まだ答えを用意できていない。これは宿題にさせてもらいたい。

しかし私には、新カタナの開発陣が「新しいカタナをみてみたい」と思っていたとしか思えないのである。

参照

https://www1.suzuki.co.jp/motor/lineup/gsxs1000srqm4/?page=style

https://www1.suzuki.co.jp/motor/katana-sp/#mov

https://www1.suzuki.co.jp/motor/katana-sp/photobook1/HTML5/pc.html#/page/1

https://www1.suzuki.co.jp/motor/katana-sp/photobook2/HTML5/pc.html#/page/1

https://www.suzuki.co.jp/suzuki_digital_library/2_moto/ss4_034.html#p2

https://www.suzuki.co.jp/suzuki_digital_library/2_moto/ss4_033.html

https://www.suzuki.co.jp/suzuki_digital_library/2_moto/ss4_040.html

https://www.youtube.com/watch?v=OXPMsLjR9gA&t=28s

https://bike-lineage.org/suzuki/gsx1100s/katana.html

https://bike-lineage.org/suzuki/gsx1100s/gsx1100sx.html

https://www.autoby.jp/_ct/17247988#content-paging-anchor-17247988

https://www.bikebros.co.jp/catalog/3/999_81

https://www.bikebros.co.jp/vb/sports/simpre/simpre-20220415/

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この記事を書いた人

●著者紹介:アサオカミツヒサ。バイクを駆って取材をするフリーライター、つまりライダーライター。office Howardsend代表。1970年、神奈川で生まれて今はツーリング天国の北海道にいる。
●イラストレーター紹介:POROporoporoさん。アサオカの親友。

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