1,000万円バイク、ブラフ・シューペリアの【デザインを考える】

私のビジネスパートナーの、イラストレーターのPOROporoporoさんに「次の記事はあなたが描きたいバイクを論じたい」と言ってみた。画家の目に刺さるデザインを考察してみたかったのである。

POROporoporoさんの答えはBrough Suparior(以下、ブラフ・シューペリア)だった。なるほどそうきたか。

日本に正規代理店がないので正確な新車価格は不明だが、最も安いタイプでも1,000万円は下らないという。

果たしてその価値はあるのか。

なお本稿ではデザインだけを論じ、性能については少ししか触れず、走行フィーリングには言及しない。

目次

息をのむ美しさがあるわけではないから恐ろしい

マイナーなバイクの解説記事は通常、その歴史から紹介するものだが、本稿ではそれは後回しにする。とにかくデザインについて語りたい。

ただし1つだけ、先に紹介しなければならない歴史があって、それはブラフ・シューペリアは昔イギリスあったバイクメーカーだが消滅している、ということである。その後フランス人が商標権を買い、2013年にフランスで同名のバイクメーカーをおこした。

したがって現行のブラフ・シューペリアは、イギリス・ブランドのフランスのバイクメーカーである。

それでは、ブラフ・シューペリアの最もベーシックなモデル、S.S.100のデザインをみていこう。冒頭のイラストがそれである。

ブラフ・シューペリアを知らなかった人がこれをみても「息をのむほど美しい」とは思わないのではないか。むしろ否定的な意味で「なんだこれは」と感じるのではないか。

だからこそ恐ろしいと、私は考えるのである。

Vツイン・エンジンの置き方が独特

(S.S.100のタンク上部とハンドル周り。公式サイトから。以下同)

「S.S.」はスーパースポーツの略だが、もちろんホンダCBR1000RR-RやヤマハYZF-R1などが属する現代のスーパースポーツではない。オリジナルのブラフ・シューペリアが100年ほど前にS.S.100というバイクをつくっていて、それを現代的に解釈したのがフランス版ブラフ・シューペリアのS.S.100というわけだ。以下、現代版のほうをS.S100と呼ぶ。

S.S.100が不格好なのは、タンクが長すぎるからだ。そしてタンクが長いのは、エンジンが長いからである。さらに、エンジンが長いのは、Vツイン・エンジンの置き方が独特だからである。

以下の写真はドカティ・スクランブラーのエンジンだ。挟み角は90度もあるが、前側のシリンダーを寝かせることでエンジンを短くしている。それでスクランブラーのタンクは長くしなくて済んでいる。

一方のS.S.100であるが、エンジンの挟み角は90度以上あるようにみえるが、実は88度でありむしろスクランブラーより狭い。それでもエンジンが長くなっているのは前側のシリンダーを立てているからだ。前側のシリンダーを立てるほど、後ろ側のシリンダーはどんどん後ろに追いやられることになり長くなってしまう。

(S.S.100のエンジン部分)

S.S.100の全長は2,180mmで、これはスクランブラーやCBR1000RR-Rの2,100mmよりはるかに長い。

そしてS.S.100と同じノスタルジック・バイクに所属するカワサキW800の2,190mmと同程度である。したがってS.S.100は、少なくともコーナリング・マシンとはいえなさそうだ。

ただハーレーダビッドソン・スポーツスターSは全長が2,265mmもあるので、これと比べるとS.S.100はツアラーというわけでもない。

そしてイギリス生まれだがカフェレーサーという感じでもない。

良くいえばジャンル・レス、悪くいえばよくわからない

S.S.100のその他のスペックは以下のとおり。

■S.S.100の主なスペック
●水冷997㏄、DOHC、V型2気筒
●102馬力、87Nm
●186kg

W800は773㏄、SOHC並列2気筒、52馬力、62Nm、226kgなので、S.S.100のほうがはるかにパワフルなのにはるかに軽量である。S.S.100のフレームにはチタンがおごられている。

ではS.S.100は、ノスタルジック系スポーツ・バイクかというとそうではなく、フロント・サスペンションは異形のダブルウィッシュボーンを採用している。そのデザインは、ハーレーなどで多用されるガターフォークやスプリンガーフォークに似ている。

ダブルウィッシュボーンは自動車の高級車に使われているほどで、乗り心地を良くするアイテムだ。ただ形状も構造も複雑になるため重量がかさみ、スポーツ性は低下する。

S.S.100は、良くいえば他に類をみないジャンル・レスの新しいバイクといえるが、悪くいえばよくわからないバイクだ。

第4印象で突然「欲しい」と思った

話をS.S.100のデザインに戻すと、私は「不格好」「ジャンル不明」と評したが、これは第1印象である。そして第2印象も第3印象も、変わらず「格好悪いな」と感じ続けた。もっと遠慮なくいってしまうと、奇をてらいすぎていると思った。

(S.S.100には、異様、という言葉だけでは片づけられない何かがある)

ところがである。第3印象を抱いてからだいぶ時間が経過したとき、無性に「もう一度S.S.100をみたい」と思った。

そして第4印象は「欲しい」となった。もちろん、1,000万円もするし、年間20台しかつくらないそうだし、こんな大そうなバイクを保有するには当然ガレージも必要になるだろうから、とても私の寿命が尽きるまでに入手できるシロモノではない。しかしS.S.100は間違いなく、「乗らずに死ねるか」と強く感じさせるバイクの1台である。

このデザインの何が私を魅了したのだろうか。

異様さの正体は歴史

(アニバーサリーと名づけられたS.S.100の進化版モデル)

このモデルは2019年に登場した、S.S.100を進化させた「アニバーサリー」で、100台のみが生産された。

十分ぶっ飛んでいる形状をしたS.S.100をさらに過激にしていて、例えばこれも2気筒なのにマフラーは4本もある。価格は仕様によって異なり、最低価格は10万ユーロ(1ユーロ160円なら1,600万円)だ。

不格好でジャンル不明でぶっ飛んでいて過激なのに、気が付くと魅了されてしまうのは、異様さ以外のものもデザインに加わっているからだ。「異様さ+α」でつくられたブラフ・シューペリアのバイクには、違和感を持ってしまう自分のほうを疑ってしまう力がある。

異様さと魅了する力は遠く離れた概念であり、両者の間には大きなギャップがある。したがって異様さと魅了する力が1台のバイクのなかに同居するには、そのギャップを埋める何かが必要であり、私はそれは歴史だと思う。

バイクのロールスロイスを目指した

(「1928」とあるので、会社設立から9年しか経っていないころのレーサー。この人がジョージかどうかは不明)

ブラフ・シューペリアは1919年に、ジョージ・ブラフによってイギリスのノッティンガムという町で設立された。先ほど紹介した、2019年に発売された「アニバーサリー」はメーカー設立100周年を記念したのである。

ジョージの父親もバイクメーカーを経営していて、ジョージはそこから独立してブラフ・シューペリアをつくった。本田宗一郎の息子がバイクメーカーをつくるようなものだから、日本では到底考えられないシチュエーションだが、それだけにバイク大国イギリスらしいといえる。

ジョージはレーサーでもあり、デザイナー兼開発者兼メカニックとしてバイクをつくっていった。

ジョージのコンセプトは、バイクのロールスロイス、である。つまりブラフ・シューペリアは誕生当初から高級路線を歩んでいたことになる。

(バイクのロールスロイスというコンセプトは伊達じゃない、と思わせる、オリジナル・ブラフ・シューペリアの初期のモデル)

フランス人に宿ったイギリス魂

(現在のブラフ・シューペリアの会社社屋。フランスとイギリスの国旗が掲げられている)

イギリスでは雨後のタケノコのようにバイクメーカーが誕生したが、その大半は短命で終わった。ジョージのブラフ・シューペリアも例外ではなく、第二次世界大戦中の経済の混乱に耐え切れず約20年で幕を閉じてしまう。その間、約3,000台を製造した。

伝説のバイクメーカーを復活させたのは、バイク・クリエーターを名乗るフランス人実業家、ティエリー・アンリエットである。このフランス版ブラフ・シューペリアは2013年に、イタリアのモーターショー、ミラノEICMAでS.S.100の試作車を発表し好評を博した。S.S.100が市販化されたのは2016年だ。

フランス版ブラフ・シューペリアは「1919年と同じ哲学、つまりコストと労力に関係なく優れたバイクを製造する哲学を尊重している」と宣言している。

私は、フランス人はフランスをヨーロッパの盟主であると考えている、と思っていたので、イギリスのブランドをここまで大切にするフランス人がいることに驚いている。

現在のラインナップ

2024年現在のブラフ・シューペリアのランナップは、すでに紹介したS.S.100とアニバーサリー以外にも以下のものがある。

(オフ寄りのペンディン)
(豪華版のローレンス)
(ダガーはドラッグレーサー風か。ヤマハV-MAXやドカティ・ディアベルの同類に感じる)

小さなバイクメーカーなので、Vツイン・エンジンを使い回すことになるが、いずれも興味深いデザインだ。そして意地でもフロントサスにテレスコピック(いわゆる普通のフロントサス)を使わないのはさすがである。

まとめに代えて~アストンと共同開発ってなんだよ

このバイクは、ブラフ・シューペリアが、高級自動車メーカーのアストンマーティンと共同開発したAMB001だ。公道を走ることができないサーキット専用車であり、100台限定生産。2020年に発表された。

AMB001でもエンジンはS.S.100と同じものを使っているが、ターボがついて225馬力を出す。フレームはアルミとカーボンの混合。乾燥重量は175kgだから、装備重量でも200kg前後だろう。

アストンマーティンは2020年に、AMB001の価格は108,000ユーロ(1ユーロ160円なら1,728万円)であると発表したが、日本で買うとプレミアムがついてしまい3,000万円は下らないともいわれている。

(上はアストンマーティンの公式サイトに掲載されているAMB001で、プロトタイプ的な位置づけになる。下はブラフ・シューペリアの公式サイトに掲載されているAMB001で完成バージョンだ。フロントカウル、センター&アンダーカウル、シートカウル、ホイール、マフラーの取り回しに違いがみられる)

それにしてもブラフ・シューペリアとアストンマーティンの組み合わせとは恐れ入る。トヨタがスープラを復活させるときにBMWと共同開発したが、そのレベルをはるかに超えている。例えるなら、ルイ・ヴィトンとエルメスのコラボだ。もっとわかりやすくいうと大谷翔平とイチローの合体である。

POROporoporoさんに「AMB001を描いて」と依頼したら、一緒に冨永愛さんも描いてきたが、なんか気持ちがわかる。

参考:

https://www.brough-superior-motorcycles.com

https://www.honda.co.jp/CBR1000RRR/assets/files/CBR1000RRR_SPEC_SP.pdf

https://www.kawasaki-motors.com/ja-jp/motorcycle/w/retro-classic/w800/2024-w800

https://www.brough-superior-motorcycles.com/en/aston-martin-line/amb-001-pro-aston-martin-x-brough-superior-motorcycles

https://www.astonmartin.com/en-gb/our-world/partnerships/brough-superior

https://media.astonmartin.com/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%8C%E5%85%B1

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この記事を書いた人

●著者紹介:アサオカミツヒサ。バイクを駆って取材をするフリーライター、つまりライダーライター。office Howardsend代表。1970年、神奈川で生まれて今はツーリング天国の北海道にいる。
●イラストレーター紹介:POROporoporoさん。アサオカの親友。

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