GB350に続いてW230も「退化バイクばかりで大丈夫か」

カワサキが2024年11月、250㏄クラスの新型バイクを発売した。W230と、その豪華版のメグロS1(以下、W230・S1)である。昔ながらのバイクらしいバイクの形をしていて、今は小さくて安価でレトロなバイクが流行っているから人気が出そうだ。

小さなレトロ・バイクといえば、ホンダが2021年に出したGB350が思い浮かぶ。だからこのW230・S1は2匹目のドジョウというわけか。それでホンダも負けじと、レトロのGB350にクラシックさを加味したGB350Cを2024年10月に出している。

レトロをクラシックにするなんて、牛国100%のパティに豚肉のベーコンを加えたハンバーガーのようでゲップが出そうだが、とにかく古めかしくて単純な機構のバイクが売れ筋になっている。

私はこのようなバイクをあえて「退化」と呼び、この風潮を少し憂いている。その理由を紹介したい。

(ホンダが最近発表したGB350Cはレトロな GB350をクラシックにするという念の入れよう。公式サイトから。以下同)
目次

進化を是とする理由:高度工業製品でもあるから

私がW230・S1やGB350を退化バイクと呼ぶのは、カワサキもホンダも進化した技術を持っているのに、それをこのバイクに投入していないからである。

W230・S1もGB350も高性能の象徴であるDOHCも、速く走るために必要な複数気筒も採用しない。馬力とトルクは、W230・S1が18PSと18N・m、GB350が20PS、29N・mと、いかにも非力だ。

車両重量はW230・S1が143kg、GB350が180kgと凡庸。この大きさでこの重さなら「1gを削るためにボルトから見直した」といった感じではない。

「手を抜いている」とまでいうつもりはないが、技術の粋を結集したわけでも、社運をかけているわけでもなさそうだ。

薪ストーブと暖房器具の違い

W230・S1を買おうと思っている人やGB350のオーナーは、退化バイクといわれて不快に思うかもしれない。また、凡庸なバイク、という私の主張には、「バイクの魅力は性能だけではない」とか、「必ず進化しなければならないわけではない」と反論するかもしれない。

その反論は正しいだろう。バイクは趣味製品だから、退化も進化も関係ないからだ。

それでも私がW230・S1やGB350を退化と呼ぶのは、バイクが趣味製品であると同時に、高度工業製品だからだ。高度工業製品の正義は進化にあると考える。

つまりこういうことだ。

●バイクを趣味製品としてみると→高性能と進化は不要
●バイクを高度工業製品とみると→あくなき性能と進化の追求が求められる

例えば、薪ストーブは趣味製品なので、半導体を使っていなくても、煙がもくもく出ても問題ない。しかしマンションの居間を快適にする暖房器具には温度調整や省電力化、小型化といった高い性能と進化が必要になる。

本稿ではバイクを、趣味製品としてみたり、高度工業製品としてみたりしながら考察していく。

進化バイクが退潮だから退化バイクの強化を憂う

(スズキGSX-R1000Rのカタログ)
(ヤマハの広報よりもヤマハ情報を発信している、と思わせる、ヤマハ販売店YSP横浜戸塚のユーチューブ・チャンネルの、R1開発中止の噂を検証する番組。こちらの島田さんは「R1の開発中止は決まっている。後継モデルが出続けることは絶対ない」と明言した)

バイクを趣味製品とみるとW230・S1とGB350はむしろ上手につくられている。レトロ、小型、低機能、低価格、のんびり、ほのぼの、を求めるバイク市場にマッチした商品だ。

しかしその一方で、高度工業製品としてのバイクは、スズキの最高峰SSのGSX-R1000Rが廃盤になったり、SSの絶対的王者であるヤマハYZF-R1の新規開発が中止になったりと退潮は顕著だ。

ヤマハはすでに3気筒SSのR9を発表していて、これは2気筒SSのR7の進化版とみなすことも可能だが、私はR9をR1の廉価版とみている。

ヤマハが「新しいR1はもう出さないけど、その代わりR9を残していくから許してね」と言っているようにしか聞こえず、不満だ。退化しているからだ。

バイク市場には、退化バイクも進化バイクも必要だ。だからこそ憂うのだ。進化バイクを進化させず、退化バイクばかり開発・発売してよいのか、と。

(R9は絶妙にも3気筒なのだ。下の2気筒R7の上位互換とみるか、4気筒R1の下位互換とみるかは人によるだろうが)

レトロがバイクで流行る理由

レトロ、クラシック、昭和、レガシー、旧車――呼び方はいろいろあるが、いずれも古くなっても価値が高いものを賛美する概念である。

なぜバイク業界にレトロが流行るのだろうか。答えはマーケティングのなかにある、という仮説から考察していく。

W230・S1の値付けはとても賢い

カワサキのマーケティングの巧みさはBikefunでもたびたび指摘している。

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「漢くささ」という無骨なイメージとは裏腹に、カワサキは(良い意味で)商売上手であり、それは今回のW230・S1でもいかんなく発揮されている。

以下は、W230・S1やGB350と同じ小さなレトロ・バイクに分類されるレブル250、ロイヤルエンフィールド・350㏄シリーズの価格、排気量、馬力を一覧にしたものである。

メーカー車種価格(税込)排気量馬力
カワサキW230(ベース車両)643,500円232㏄18ps
メグロS1(豪華版)720,500円232㏄18ps
ホンダGB350(ベース車両)561,000円348㏄20ps
GB350C(豪華版)668,800円348㏄20ps
レブル250(ベース車両)610,500円249㏄26ps
ロイヤルエンフィールドハンター350(ベース車両)657,800円349㏄20ps
クラシック350クローム(豪華版)728,200円349㏄20.2ps

この表からW230・S1の価格戦略がみえてくる。

価格戦略1)W230はGB350より格下なのに、最安のGB350よりかなり高額
価格戦略2)W230はレブル250より格下なのに、2番目に安いレブル250より少し高額
価格連略3)S1は、最高値のクラシック350クロームより少し安価

マーケティング的にW230・S1を解釈すると、排気量も馬力も最も小さいが、最後発なので新鮮味があるので少し高い値をつける権利がある、となる。カワサキはこの権利を行使して、W230の価格を、GB350より、レブル250より高く設定している(価格戦略1と2)。

ところがW230はGB350Cよりは安くして、買いやすくしている。とても器用だ。

安くすると利益率が悪化するので、豪華版のS1は高くする必要があった。S1の価格はなんと70万円を2万円も超えている。70万円の壁を越えると消費者心理が冷え込むが、クラシック350クロームよりは安い。そのため「S1は外車よりは安い」ということができて、売りやすくなる。

カワサキはメグロ・ブランドをとても大切にしていて、トヨタにおけるレクサスのようにしたいのだろう。ブランディングに成功すれば高額にしても売れる。

しかしトヨタがレクサスの価格をBMWやベンツより安くしているように、カワサキもメグロをロイヤルエンフィールドより高くすることはしないのである。

(ロイヤルエンフィールド・クラシック350)
(レブル250は小型レトロのジャンルには含まれないが、小型レトロを狙う層が比較しそうなバイクなので比較してみた)

レトロは正解の1つである

カワサキがレトロ・バイクに力を入れるのは、もうひとつ盛り上がりに欠けるバイク市場における正解の1つといえる。バイクは、コロナ禍で密を回避できるレジャーとして一時的に大いに売れたが、現在は落ち着きを取り戻している。したがってレトロの魅力を使うのは当然の戦略といえ、逆にレトロを使っていないスズキやヤマハを心配してしまうほどだ。

レトロ・バイクのよいところは、コスト安につくってもそれなりの雰囲気を出せることである。W230・S1の外観はこのようになっている。

(W230とメグロS1の、それぞれの公式サイトのトップの写真。コンセプトの違いがわかる。W230は軽快とカジュアル、メグロS1はちょっぴり豪華だろう)

このバイクをみて思うのは、つくりやすそうだ、ということだ。フレームにエンジンを入れて、タンクとシートをのせて、フロントフォークとスイングアームを取り付けてタイヤをはめ込んで、ライトとマフラーをネジで止めれば完成――といった感じだ。

しかも製造コストを削減する工夫は、組み立て方法だけでなく、組み立て場所にもある。W230・S1はタイでつくられている。

コスト安なのに、雰囲気を出すことができてブランディングが可能になり、そこそこの価格で売ることができるレトロは、禁断の果実といえるだろう。

禁断の果実:レトロの末路を忘れないで

ヤマハSR400こそ本物の小さなレトロ・バイクといえるのは、1978年に誕生して2021年までつくられたからである。つまりSRは、レトロを狙ったわけでなく、自分で歴史を重ねることでレトロ化していったのである。

本物であることの価値はとても高く、SRは晩年、売れに売れまくった。しかしそのSRでさえ消えたのである。

レトロ路線は禁断の果実であるといえ、これがレトロの末路である。

(ヤマハSR400)

先輩レトロ・バイク

(スズキSW1)
(ホンダGB250クラブマン)

バイク業界のレトロ・ブームは今に始まったことではない。スズキは1992年にSW-1を販売し、その約10年前にはホンダがGB250クラブマンを出している。

ただ、いずれもSRよりあとに誕生しているのに、SRより早く引退している。

このことから、SRが唯一の例外であり、そのほかのレトロを狙ったバイクはことごとく短命に終わっている、という傾向を読み取ることができる。

レトロの欠点:短命だから儲けにくい

レトロには致命的な欠点がある。それは進化させられないことだ。

レトロ・バイクには最新機能が似合わない。水冷エンジンも4気筒も似合わないし、本当はディスクブレーキもリアサスも似合わない。しかしブレーキは安全性に、サスペンションは快適性に大きな影響を及ぼすので、さすがのレトロ・バイクでもディスクブレーキとリアサスは使わざるをえないのだが。

進化させられないから、レトロ・バイクは次の一手を打ちにくい。

バイクメーカーにとって新型バイクを出すことは大変な作業であり、莫大な資金が必要になる。それでも新型バイクが売れるとは限らない。

したがって運よく新型バイクをヒットさせられたら、そのあとはモデルチェンジすることで、コスト安に延命させて稼がなければならない。例えばホンダのSSのCBR1000RRRは、CBR900RRから数えると8代も続いていて、これなら投資を回収できる。

ところがレトロ・バイクは進化させられないので、モデルチェンジさせにくい。モデルチェンジしないと顧客に飽きられるので短命で終わってしまう。レトロ・バイクは投資した資金を回収しにくいのである。

メーカーを鍛えない

レトロ・バイクの欠点はまだある。

最新機能も斬新なデザインも要らないレトロ・バイクは、進化のための開発を必要としない。したがってレトロ・バイクをいくらつくっても、メーカーの開発担当者を鍛えることができないのだ。

進化を捨てることは、企業が自身の成長を放棄することになりかねないのである。

カワサキやホンダはレトロ・バイクづくりに熱心だが、それでもレトロ・オンリーにしないのは進化と成長を止めたくないからだろう。

W800にみるカワサキの本気度

カワサキのW800と、その豪華版のメグロK3(以下、W800・K3)について触れておきたい。W800・K3は、773㏄、SOHC、52ps、62N・mの大型レトロ・バイクだ。

(カワサキW800)

W800・K3の元祖は、1966年発売の650W1とされているが、このバイクは1970年代に一度消滅している。したがって、W800・K3の直系の先祖は1999年に復活したW650である。W650は2011年に800㏄化されて現在に至る。

したがってW800・K3は、SRのように自らレトロ化したバイクではなく、レトロ・マーケティングのなかで生み出されたレトロ・バイクだ。手法はW230・S1と同じだ。

今ここでW800を登場させたのは、カワサキのレトロ戦略の本気度を紹介したかったからである。大排気量の空冷エンジンは排気ガス規制に不利だが、カワサキはそれを克服してW800をつくり続けている。

カワサキのマーケティング担当者がレトロ・バイクの短命の末路を知らないはずがない。それでもこのジャンルに力を入れるのは、カワサキの覚悟だ。

まとめに代えて提案:レトロじゃなくてよくないか

進化支持者の私でも、バイクの進化には上限があると思っている。自動車なら、フェラーリや日産GTRが500馬力になろうと1,000馬力になろうと人が操縦できる。しかしバイクは簡単に転倒してしまうので、恐らくカワサキH2やスズキ隼、ドカティ・パニガーレV4あたりが限界だ。これ以上馬力とトルクを増やしても、人は速く走らせることはできない。

(パニガーレV4)

だから進化をやめて「雰囲気のある退化」を選択するのは、バイクを売って稼がなければならないバイクメーカーとして当然の帰結なのかもしれない。

しかしレトロは唯一の解ではない。私は、もう1つの解は、ハスクバーナのヴィットピレン・シリーズだと思っている。

(ヴィットピレン801)

ヴィットピレン801の主な諸元は、799㏄、DOHC、並列2気筒、180kg、105ps、87N・mと目立ったものはない。それでもこの斬新なデザインを前にすると、進化を感じる。

ヴィットピレンはジャンル・レスのバイクだ。つまり何にも似ていない。したがって消費者はとまどい、セールス的に成功する可能性が低くなり、リスクが大きい。

日本4大バイクメーカーよりはるかに小さい会社のハスクバーナが、大きなリスクを取っているところに大きな価値がある。

日本のバイクにもかつてジャンル・レスでありながら大ヒットしたバイクがあった。そうヤマハRZ250とホンダVT250Fだ。

スズキもRG250ガンマでレーサー・レプリカという新ジャンルをつくったし、カワサキはそのレプリカ全盛時代にGPZ400Rで大勝負に出た。

バイク業界を盛り上げるには、レトロじゃなくてもいいはずだ。

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この記事を書いた人

●著者紹介:アサオカミツヒサ。バイクを駆って取材をするフリーライター、つまりライダーライター。office Howardsend代表。1970年、神奈川で生まれて今はツーリング天国の北海道にいる。
●イラストレーター紹介:POROporoporoさん。アサオカの親友。

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