なぜバイク旅の思い出は深く心に残るのか〜マシンと共にするドラマの数々〜

私はバイクでの旅、いわゆるツーリングが好きです。

旅というと、行く宛をはっきりと決めないで出向く放浪スタイル、観光地や目的地を周遊する旅行、道中でのキャンプやユースホステルでの宿泊、自由気ままな放蕩といった様子を思い浮かべることでしょう。

私の場合はあらかじめ自分で決めた目的地に向かって走ること。つまり、バイクを移動の手段として利用した旅です。

私は現役ライダーだった頃、HONDA ZELVIS(250㏄)、CB400superfour(400㏄)を操って時折走っていました。

しかし、移動の手段というにはあまりにハードな代物です。

思えば不便で理不尽な乗り物じゃないですか、バイクってのは。

目次

バイクという乗り物のデメリット

自動車ほど快適な居住空間はない

まず構造的に自動車のような運転席や室内はなく、エアコンを効かせた快適な居住空間を作り出すことはできません。身体はバイクの上に跨る形で剥き出しになり、ありとあらゆる刺激から守ってもらえません。

今や必需品といえるスマホをナビ代わりに活用したり充電したりするにしても、自動車なら簡単にできるはずなのに、バイクだとハンドルの頑丈なホルダーに据え付けたとしても転倒や振動で振り落としてしまう危険があります。

気分の上がる音楽を聞こうにも、道路情報を聞くためにラジオを聴こうにも、 ヘルメットにイヤホンを忍ばせる行為は周囲の音が遮断されて危険極まりなく、もし警察に見つかれば反則キップを切られて罰金を取られる可能性だってあります。

自転車ほど手軽な乗り物ではない

かといって自転車ほど手軽な乗り物でもありません。

排気量に応じた運転免許が必要だし、重くて頑丈なヘルメットや耐久性の高いジャケットなどの装備品は必須。

そしてエンジンが大きくなれば整備や車検に金が掛かるし、保険料も高くなる。立ちゴケでもしたら倒れたマシンを起こすのは一苦労だし、その場を他人に見られることが恥ずかしいものです。

夏が辛いその理由

乗り物として、特に夏は辛い。

直射日光、高い湿度、走行時に浴びる外気、道路の反射熱、更に車体に抱くエンジンの放射熱など、ライダーの全身はあらゆる熱に直接晒されるのです。

転倒する危険もあるので薄着で乗ることも憚られ、かといって厚着では身体にこもる熱気はさらに逃げにくくなり、運転中でも熱中症が心配になります。

髪型もヘルメット内の汗とクッションの圧力に潰されて完全に崩れます。私も真夏にフルフェイスのヘルメットを脱いだ時に何度、頭頂部が潰されて河童頭になったまま休憩していたことか。サラリと流れる髪が形を崩すことなくたおやかに…なんて姿は、夏にはまずあり得ません。

若い頃は近隣の用事に向かう際、横着して半袖のシャツで乗ったこともありましたが、飛んでいる虫にベタベタぶつかることもあるし、にわか雨にでも降られると全身を雨粒が突き刺さるように襲います。これが地肌に当たると本当に痛いんです。

冬も辛いその理由

そして冬も負けないくらい辛い。

どれだけインナーを工夫して防寒対策を施していても、その備えを上回る冷気が全身に吹きつけ、一気に体温が奪われます。しばらく走ると寒さでハンドルを握る両手の指先がかじかみ出し、首元から冷えが全身に回ります。とても温かい缶コーヒーひとつで戻る寒さではありません。トイレだって近くなります。

悪天候には勝てない

さらに悪天候には勝てない乗り物でもあります。

ひとたびツーリング中に雨が降れば、雨粒が車体だけでなくヘルメットやライダースジャケットをくまなく叩き、飛沫も浴びて全身がずぶ濡れになります。下手したらジャケットの中まで浸みてくるので、肌が濡れて不快な上、身体が冷えてしまうことだってあります。

その備えとして雨具を準備し、さらに通行する地域の天気予報をしっかりとチェックして行程を立てる必要があります。好天でも移動途中で突然のにわか雨や突風に遭遇することもあります。

路面が濡れて滑りやすくなることで転倒のリスクが高まり、突風や強風にバイクが風下に押し流され思わぬ事故の原因になるなど、ベテランでもヒヤリとするような危険が伴う場合があります。

同じ体勢を強要される乗り物

また同じ姿勢で長距離を移動しようとすると、心身に大きな疲労感を伴います。

背中や腰は凝り固まるし、お尻も痛くなります。クラッチを司る左手は繰り返す操作で握力を使います。操縦ミスや判断ミスを誘発する不意の眠気はライダー最大の敵です。

そうした際に身体を伸ばしてひと休みできる場所の確保も必要です。車ならちょっと広めの路肩に停めて仮眠を…なんてできそうですが、疲れたからとマシンの上に寝そべって休憩する訳にはいきません。そんな猛者に出くわしたこともありません。

慣れない道路や知らない土地を走行するならサービスエリアや道の駅といった休憩施設、公共トイレや道沿いのコンビニエンスストアも下調べしておきたいです。

心配への対応だって重要

事故や転倒など心配への対応だって重要です。

ライダー自身はマシンの適切な操作で危険を回避できる技術や自信があるとしても、バイクに関わりの薄い人からはあれこれ心配され、時には心無い誤解をうけることもあります。ライダーはいかにそんな人たちを説得して誤解や悪い印象を修正し、バイクへの理解に導くのか。これが実は案外苦行だったりします。

それでもなぜ、バイクの旅が好きなのか?

こうして挙げていけばキリがない程ストレスフルなんです、バイクという乗り物は。

そんな乗り物で旅するなんて、どんなもの好きな変わり者だろうと思われますよね。

でもバイクで旅した経験がある人で、バイクの旅を悪く言う人はいません。少なくとも私はこれまで出会ったことがありません。

こんなこと好きな人しかしないでしょうが。でも好きな人はどこまでも、どんな苦労をしてでも好きなものです。

バイクの旅というのは、先ほど挙げた数あるデメリットを覆してなお余りある喜びや楽しみ、充実感があるものなのです。

ツーリングが好きなライダーはそれぞれ喜びや楽しみとはどういうものかが解っているのです。

風を感じて走ること

では何が一番楽しいと聞かれたら、何と答えますか?

私が答えるとすれば、まず「風を感じて走ること」でしょうか。

文学的でキザな言い回しですが、風を切って、感じて走った分だけ本人の思い出に深く残るものです。

夏の熱風、冬の寒風、季節の良い時期の爽やかな風、また雨の中での湿気を含む重い風を感じながら走る旅には、旅自体の思い出に天候で得られた体感との相乗効果により、より深く、より良い補正が掛かった形で記憶に残ります。

容易な取り回しで気ままに走りやすい

またドライブや公共交通機関の旅と比べて、ルートから外れての気ままな寄り道がしやすく、地図やナビアプリが示す道とは敢えて違う道を進んでみやすいことが挙げられます。

取り回しが容易であり、途中で引き返すことも簡単なバイクならではの小さな冒険は、好きな人なら一度や二度はやってみたことがあるでしょう。行き止まりなら引き返せばいいのです。違う町や里に出たのなら、方角さえ合っていればそのまま繋がっている道を走っているとどこかで目的地に向かう道に合流できます。

思えば、人生もどこか似ていますね。

小ささの苦労に楽しみを見出す

排気量が小さなバイクは旅の苦労が楽しみです。

排気量が125㏄に満たない、いわゆる原付バイクは高速道路や一部の自動車専用道路が利用できないことから、一般の道路を走行して移動することになります。軽い車体であることから雨や風、また並走する自動車の影響は大型バイクよりも受けやすく、とりわけ疲労感も感じるでしょう。

しかしのんびりと走ることで、自動車や大型バイクでさっさと走っている時には見えなかった細やかな景色、感じなかった空気感の変化に気付くことができます。小排気量のマシンは非力な分、アクセルワークやクラッチワークを駆使しながら走ります。

いわゆるマシンとの対話、これがまた楽しいのです。

孤独が最高の贅沢

バイクの旅は道中の孤独が最高の贅沢です。

チームのツーリングは言うまでもなく楽しいものです。

また道路交通法が改正された平成17年からは高速道路での二人乗りが解禁され、高速道路を利用したタンデムツーリングができるようになりました。しかし基本的には一台一人の乗り物です。当日の体調、天候や路面状況、休憩施設の配置といった様々な思案を巡らせて、進む道も休む場所も全ては自らの采配で決めていきます。そんな孤独さでさえ、なぜか後から良い思い出になります。

ヘルメットの中で聞こえるのは操作するアクセルに従順なエンジン音。たまに自分が奏でる鼻歌のリフレインや独り言。

無音ではないけど、音に捕らわれることはありません。安全運転に配慮している傍らで、自分に向き合える貴重な時間でもあります。恋に、仕事に、家庭にと人生に圧し掛かる悩みや決断しきれない迷いに俗世間から独り離れて、時間を掛けて考えを巡らせまとめることができる贅沢な機会がバイクに跨ると生まれるのです。

でも孤独だけじゃない仲間意識

そんな孤独な乗り物なはずなのに、なぜか仲間意識をもつ瞬間があります。

ツーリング途中で同様のツアラーとすれ違う瞬間に出し合うあのハンドサインです。旅するもの同士が相手の道中の安全を願ってエールを交換し合う姿。こちらのサインに返してくれる嬉しさは一瞬だけど、深い仲間意識と連帯感を感じます。心がほっこり温まります。そしてこちらも温かい気持ちをお返ししたいと願い、サインを返します。

またバイク好き同士の交流はなかなか滋味深いものがあります。話のネタは旅の思い出か、マシンへのこだわりか。ネタ含みに盛った苦労自慢も相まって語らう時間の楽しいこと。酌み交わす酒のうまいこと。

バイクの旅が好きな人に印象深い旅の思い出話を聞いてみると、あれこれと苦労していたはずなのに、大抵はこぼれるような笑顔で楽し気に話してくれます。私も聞かれたら、ニヤニヤしながら語り出してしまうでしょう。

足腰の基礎体力に大きく左右される自転車やハイキングとはまた違った体感が得られるのも魅力でしょう。自力のみで行動する旅よりも広範囲であり、自動車や電車を利用した旅行よりも肉体的・精神的な負担が大きいけれど、マシンを操りながら身に浴びた風の分だけ、流した冷や汗の分だけ新鮮で素敵な思い出となっていきます。

バイクの旅の思い出は深く心に残る

バイクの旅とは非日常を味わう冒険であり、自分自身と向き合う修練の時間であり、新たな出会いで世界が広がるきっかけであり、自らの判断を信じて好奇心を満たす機会であります。先ほど挙げたデメリットも、ライダーの考え方やとらえ方ひとつで旅の醍醐味に昇華していきます。ものは考えよう。これも人生に通ずる姿勢ですよね。

移動の途中に立ち寄る店で美味しいものを食べ、楽しい人に出会い、美しい景色に飛び込む。そんな思い出を築きつつ、自分もまた関わったお相手の思い出のひとかけらになる。

こんな素敵な経験の連鎖が実感できるから、バイクの旅の思い出は深く心に残るのでしょう。

私は自分で決めた目的地に向かって走りつつ、予定の変更や気まぐれな寄り道に臆せず、興味が湧けば地図とは違う道を敢えて進み、マシンと共に起こるドラマを期待してしまうバイクの旅、いわゆるツーリングが大好きです。

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この記事を書いた人

湊月 寛喜(みなつき ひろき)。フリーライター。今はバイクから離れた生活をしているが、生き方を迷う若い人と人生に疲れたオヤジにはバイクを勧めたいと思っている。車歴はHONDA ZELVIS、CB400superfour。

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