カワサキGPZ400Rは1985年に登場した。この年のバイクシーンは何かと騒がしかったが、そのなかでも最大の事件は、フレディ・スペンサーが世界グランプリの500㏄クラスと250㏄クラスでダブル優勝したことだろう。
バイクブームはレーサーレプリカ・ブームになっていった。
だからこそGPZ400Rには価値がある。ホンダとヤマハとスズキがつくったレーサーレプリカ・ブームを、カワサキは非レプリカのGPZ400Rで対抗し大ヒットさせたのだから。
筆者は1986年にこれを購入しているので、GPZ400Rはいまだに大好きなバイクの1台だが、世間の評価は少し違うような気がする。
GPZ400Rの価値の変遷をみていく。
「衝撃のカワサキ」の真骨頂
ホンダが「優等生」なら、ヤマハは「スマート」か。スズキは「頭突き」をくらわすのが得意。
ではカワサキを象徴する言葉は何かというと「衝撃」ではないだろうか。
そしてGPZ400Rも衝撃といってよく、カワサキは1980年代のレーサーレプリカ・ブームのなかで、それを完全に無視した新ジャンルで勝負してきた。
他社の400㏄と比較すると1クラス上の風格
当時の4社の400㏄バイクのフラッグシップモデルは以下のとおり。
■1985年ごろの4社の代表的な400㏄
●カワサキ:GPZ400R、1985年デビュー、水冷並列4気筒、59馬力
●ホンダ:VF400F、1982年デビュー、水冷V型4気筒、53馬力
●ホンダ:CBR400F、1983年デビュー、空冷並列4気筒、58馬力
●ヤマハ:FZ400R、1984年デビュー、水冷並列4気筒、59馬力
●スズキ:GSX-R、1984年デビュー、水冷並列4気筒、59馬力
FZ400RとGSX-Rは完全にレーサーレプリカで、フロントカウルはレーサーのものと酷似している。
ホンダは少し出遅れ気味だった。並列4気筒のCBR400Fは、カウルこそないもののレーシーな見た目だが、いかんせん空冷。そしてVF400Fは水冷V型という新しさはあるが、ビキニカウルのデザインは半世代前の印象で、世代交代が待たれている状態だった。
ただ、400㏄に2台ものフラッグシップを用意していたのはさすがホンダである。
新時代400㏄といえる上記の5台のなかで最も遅く発売されたGPZ400Rは、まさに真打登場だった。
GPZ400Rのフルカウルは上下2分割式でボディに張りついているイメージで、レーシーとは程遠い。ではツアラーかというとそうではない。似ているバイクはないといえる。
ヘッドライトは湾曲していて完全にカウルと一体化している。この造形をつくるには高い技術が必要で、コストも相当かかっているだろう。カワサキの意気込みを感じる。
そして何よりGPZ400Rは大きかった。GPZ600Rと同じボディを使っているので1クラス上の風格を持っている。
これで売れないわけがなく、GPZ400Rは400㏄の販売台数で、デビューイヤーの1985年と86年に2年連続で1位を獲得している。
発売当時のこのバイクの意義
名車には当時の意義と今日的な意義があるもので、したがって一時代を築いたGPZ400Rにもその両方がある。
まずは当時のGPZ400Rの意義、あるいは価値を考えてみたい。
強気の価格に現れるカワサキの自信
先ほどの5台の当時の新車価格は以下のとおり。重量もあわせて掲載した。
■価格(税別)
●GPZ400R:629,000円、乾燥重量181kg
●VF400F:528,000円、装備重量191kg(オイルやガソリンを入れた重量)
●CBR400F:539,000円、装備重量191kg
●FZ400R:598,000円、乾燥重量165kg
●GSX-R:629,000円、乾燥重量152kg
出遅れていた印象のあるVF400FとCBR400Fは50万円台前半で、かなりフレンドリー。
注目したいのはFZ400Rで、ぎりぎり60万円を切っている。今では400㏄でも100万円を超えることがあるが、当時の物価や当時のバイカーたちの金銭感覚を考えると「400㏄なのに60万円なのか」となるだろう。FZ400Rの60万円切りは戦略的な価格設定といってよい。
ところがスズキはGSX-Rであっさりと60万円超えを果たす。ただしコストもものすごい。アルミフレームの重量はわずか7kgで、車体全体の乾燥重量は152kgしかない。レーサーばりのサイレンサーがついた集合管は「ヨシムラか」というほど質が高い。
GSX-Rはレプリカ・ブームの火付け役になった。
そしてカワサキは、GPZ400Rの価格をGSX-Rと同額にした。これはかなり強気の価格設定だろう。というのもGPZ400Rもフレームはアルミ製だが、そのほかにレーシーな部品はないからだ。GPZ400Rの乾燥重量は181kgで、GSX-Rより約30kgも重く、FZ400Rと比較しても20kg近く重い。軽くするほうがコストがかかるから、GSX-Rと同価格のGPZ400Rは割高に感じられる恐れがある。
しかしバイカーたちは、GPZ400Rに内在する、レーシーであること以外の価値を認めたのである。
2世代進化させた意欲作
カワサキの400㏄4気筒では、GPZ400Rの前のモデルは1983年に発売された空冷のGPz400。これは同年にマイナーチェンジをして名称はGPz400Fとなった。
FとRを比べてみる。なおGPZ400RのZは大文字で、GPz400Fのzは小文字である。
●GPZ400R:水冷並列4気筒、59馬力、乾燥重量181kg、629,000円、1985年発売
●GPz400F:空冷並列4気筒、54馬力、乾燥重量178kg、525,000円、1983年発売
RはFから5馬力アップして、空冷から水冷に進化して、鉄フレームからアルミフレームに変わった。
GPz400Fの前はZ400GP、その前はZ400FXである。この3台(3代)は1歩1歩着実に進化しているイメージだが、GPZ400RはGPz400Fから2世代進化した印象がある。
わずか5馬力アップでも価格が10万円も上昇したのも納得できる。
結局レーサーレプリカ・ブームに屈する
GPZ400Rはヒット作であることには間違いないのだが、戦略的には成功したとは言い難い。
ここでいう戦略とは、レーサーレプリカ・ブームに抗(あらが)って独自路線を進むことである。
カワサキはGPZ400Rを出した2年後の1987年に、フルモデルチェンジ版のGPX400Rを出した。デザインはGPX400Rを踏襲した重厚的でボリューミーなもの。最高出力はそのまま59馬力だったが、乾燥重量は7kg減の174kgに。
軽量化は性能アップといえるので、GPX400Rは正常進化といえるが、フレームをアルミ角パイプからスチール丸タイプへと後退させてしまった。
そしてこれがまったく売れなかった。
あまりに売れなすぎて、カワサキは急遽GPZ400Rを再販売してGPX400Rと一緒に売るという奇策に出る。消滅させたモデルを復活させることは異例の事態であり、それは新作の失敗を意味した。
GPX400Rが失敗したのは、当時のレーサーレプリカ・ブームがさらに拡大したからだった。「レーサーレプリカにあらずんば400㏄4気筒の価値がない」という雰囲気すらただよっていた。
そしてカワサキは遅ればせながら、レーサーレプリカ・ブームに屈する決断をする。
1988年に前傾姿勢が強めのZX-4を出す。ところがこれも売れなかった。レーサーレプリカ度が足りなかったからだ。
それで1989年に、とうとう本格的なレーサーレプリカ、ZXR400をリリースした。
GPZ400R以降の年表はこうなる。
●1985年、GPZ400R
●1987年、GPX400R
●1988年、ZX-4
●1989年、ZXR400
日本の「400㏄本格派レーサーレプリカ」の初代は1984年デビューのスズキのGSX-Rといってよいと思うので、カワサキは5年(=1989年-1984年)も遅れてようやく400㏄本格派レーサーレプリカを出したことになる。
現在のGPZ400Rの存在意義が薄いのはなぜか
今(2023年ごろ)、久しぶりにバイクブームが到来していることは周知のことだろう。そしてこのブームを支える現象の1つに、1980年代400㏄中古車ブームがある。
この1980年代400㏄中古車ブームはいささか加熱気味で、初年度登録1985年のCBX400Fや同1986年のZ400FXが700万円もしたり、同1983年のXJ400が250万円したりする。
一方のGPZ400Rはどうかというと、70万円や60万円程度である。
もちろんGPZ400Rの60万~70万円も、約40年も経過しているのに新車価格を上回っているので異常な価格だが、それでもCBX400FとZ400FXはその10倍であり超異常である。
したがって、CBX400F、Z400FX、XJ400は現在の存在意義が高く、GPZ400Rはそれほどでもない、といってよさそうだ。
では、2年連続で販売台数チャンピオンを獲得したGPZ400Rの評価は、なぜそれほど高まらないのか。
空冷の味わいに負けたのでは
GPZ400Rの存在意義がいまひとつ高まらないのは水冷エンジンだからではないか。
40年前のレーサーレプリカ・ブームのときは、空冷は時代遅れの象徴であり、水冷こそ「今のバイク」だった。この考えは正しく、エンジン性能の観点からすると、空冷エンジンは水冷エンジンにかなわない。
ではなぜ今ごろになって、時代遅れであり、エンジン性能に劣る空冷エンジン車が注目されているのか。CBX400F、Z400FX、XJ400はいずれも空冷だ。
ガソリンの爆発に近づきたい欲求
空冷が人気になる理由はいくつかあると思うが、味わいもその1つだろう。
バイクはライダーがエンジンを抱えて走る、かなりワイルドな乗り物である。エンジンは絶えずガソリンを爆発させている。
空冷ネイキッドのバイクは、最もガソリンの爆発に近い乗り物だ。なぜなら空冷エンジンは水に覆われてなく、カウルにも覆われていないからだ。ガソリンの爆発とライダーの間には金属が1枚あるだけ。
このような見方をすると、水冷フルカウルのGPZ400Rは、ガソリンの爆発とライダーの間に、金属と水とカウルの3枚が挟まっていて、ワイルドさが減ってしまう。
水冷機構はエンジンを効率的に冷ますので出力性能アップに欠かせず、カウルは空気抵抗を減らすので走行性能アップに欠かせない。ところが味わいの観点に立つと、途端に邪魔になってしまうのは皮肉である。
CBX400F、Z400FX、XJ400より明らかに高性能だったGPZ400Rは、当時は高性能ゆえにヒット作となったが、性能より味わいを重視する時代に変わってGPZ400Rはその価値を高めることができなかった。
――というのが筆者の見解である。
まとめ~格好よさは失われていない
スペンサーは1961年生まれなので、2023年に62歳になる。1980年代のバイクブームにどっぷりはまった人たちなら「あのスペンサーももう還暦をすぎたのか」と感慨にふけるだろう。
そしてスペンサーが「過去において最速だった人」になってしまったように、当時のバイクも相当古くなった。
古くなって新たに価値を生んだバイクもあれば、古くなるたびに価値を減らすバイクもあり、残念ながらGPZ400Rは前者になれなかった。
ただ、後者になったとは言い切れないのではないか。もしかしたら今後、1980年代水冷フルカウル400㏄のブームが到来するのではないか、と思わせるくらいGPZ400Rは格好よくて魅力が詰まったバイクだからだ。