私はホンダ車に、一部の例外を除いて、性能はいいけどデザインが良くないバイク、というイメージを持っている。私はバイクはデザインを重視して選ぶので、デザインが気に入らないと欲しい対象にならない。だから現行のホンダ車で欲しいバイクはない。
現行のCB1000Rを除いては(本稿執筆は2023年)。
CB1000Rのデザインは、絶好調だったころのドカティのデザインと伍するほど優れていると思う。
何にも似ていないのに格好良いが一番格好良い
【シリーズ・デザインを考える】はバイクのデザインだけに注目して評価する記事です。日本車と欧州車はもう、走る・曲がる・止まるの性能は頂点に達したと思うので、デザインでバイクを選んでもいいのではないかと考えています。
私がCB1000Rのデザインを高く評価するのは、何にも似ていないのに格好良いからだ。
冒頭で「CB1000Rのデザインは、絶好調だったころのドカティのデザインと伍する」といったが、これはドカティに似ているという意味ではなく、CB1000Rのデザイン・レベルが世界最高峰に達しているという意味である。
コンセプトはぐちゃぐちゃ~ストリートファイターからカフェへの転向
CB1000Rは2008年にストリートファイター系のバイクとしてデビューした。ストリートファイター系バイクの定義は、私の理解では、1,000㏄程度の排気量、ネイキッド(カウルなし)、欧州的かっ飛び暴走ヤンチャ系である。
ところがホンダは2018年に突如、CB1000Rのコンセプトをカフェレーサーに切り替えた。カフェレーサーは同じ欧州でもイギリス的であり、紳士とまではいかないがより繊細なデザインである。
2021年にマイナーチェンジをして現在に至るので、現行のCB1000Rはカフェレーサー的である、といえる。
この流れはあまり評価できない。つまり、流行にのってストリートファイターに挑戦したものの負けてしまい、カフェレーサーふうに切り替えて生き残りを図ろうとしている――と解釈できてしまうからだ。
私は志が低い工業製品を好まないので、CB1000Rは好きなバイクに入らないはずである。
しかしCB1000Rのデザインは、そのようなごちゃごちゃした話を吹き飛ばすほど優れている。CB1000Rのデザインは何にも似ていないと思う。それなのに格好良い。
デザイナーが苦難を乗り越えた
デザイナーは常にオリジナルな作品を描きたいと考えている。しかし工業製品のデザイナーは、マーケティングなどの大人の事情で何かに似せたデザインを描かなければならないことがある。
しかし稀(まれ)に、何にも似ていないデザインの工業製品が登場することがある。ところがその多くは突飛すぎて格好良くなくて、もしくは多くの人に理解されなくて結局売れない。売れると思って世に出した商品が売れないと経営者は守りに入るので、それでますますデザイナーには「何かに似せて、より格好良いデザインをしろ」というプレッシャーが強まる。かくして「同じ方向に流れる」現象である流行が生まれるのである。
ところが稀ちゅうの稀に、何にも似ていない突飛なデザインなのに、まとまりがあって格好良い作品が誕生することがある。現行CB1000Rもそれに当てはまる。
CB1000Rには確かにカフェレーサーの要素が盛り込まれているが、全体の仕上がりは全然カフェレーサーではない。英国風な感じはなく、むしろジャパニーズだ。
CB1000Rのデザイナーは、カフェレーサーをつくると約束しながら、全然違うバイクを描いてしまったのである。それでも製品化が決まったのはCB1000Rが格好良かったからだ。
どこがジャパニーズ的なのか
ストリートファイターでもカフェレーサーでもないなら、CB1000Rはなんなのか。私はジャパニーズだと思っている。
私はジャパニーズを、性能、シンプル、端正と定義している。1つずつ解説する。
【性能】超絶バイクのエンジン
デザインにフォーカスしたいので性能にはあまり触れたくないのだが、それでもCB1000Rが世界で最も性能が高いバイクの1台である、スーパースポーツCBR1000RRと同じエンジンを積んでいることには言及しないわけにはいかない。
CB1000RのエンジンSC80Eは、CBR1000RRのエンジンSC77Eをベースに、ボアを小さく、ストロークを長く、圧縮比を下げたもの。これで街中で使いやすいようになる。
つまりCB1000Rは、ライオンから牙と爪をもぎ取って無理やりペットにしたようなバイクだ。
そして当然のごとく倒立サス、ライアルマウント・ブレーキキャリパー、片持ちリアサスなどで武装している。
CB1000Rは超絶バイクの背景を持つので、消そうにも消せない迫力を持ってしまう。迫力はデザインに説得力を持たせることに貢献する。
【シンプル】ユニクロや無印良品に似ている
千利休の侘び寂び(わびさび)の時代から、日本人の美意識にはシンプルを貴ぶ(たっとぶ)傾向がある。ユニクロと無印良品の商品が世界で評価されているのは、安くて高機能だけでなく、格好良いシンプルさを持つからだ。
それがCB1000Rにもある。
CB1000Rには事実上、サイドカバーもシートカウルもない。厳密には少しだけ、それらしきものはあるが無視できるレベル。
シンプルさのなかで格好良さを出すことが難しいのは、デザインで勝負できる部分が少ないからである。絶妙なバランスで美しさを出すしかないので、スキルがない人がシンプルさに挑戦すると大抵失敗する。
CB1000Rのデザイナーは、その難業に挑戦して勝った。
【端正】整っていて立派
端正とは、整っていながら立派な様(さま)でいること。
CB1000Rのデザインコンセプトの1つに台形がある。台形は正方形や円より歪(いびつ)なのだが、平行した2本のラインとどっしり感があるので整ったイメージを生みやすい。
そして高額な金属をコストがかかる方法で加工した部品が立派さを生み出している。CB1000Rのベーシックタイプは税込約167万円であるが、これは適正価格といえる。ホンダはまっとうな商売をしているといえ、これも立派だ。
デザインの化け物に挑む覚悟
CB1000Rのエンジンの右側面に独特の模様が、2つも施されている。2個の半円に足が生えたような模様と、地図の工場のマークのような円に毛が生えたような模様である。
車体に模様を入れることは、どのバイク・デザイナーもどのカー・デザイナーも試すが、その多くはボディに描く形で模様を入れる。
ところがCB1000Rのデザイナーはエンジンに模様を入れた。これがすごい。
模様は強い癖を放つので、うまくはまると良いアクセントになるが、失敗すると醜くなる。だから普通のデザイナーは、模様を入れたいときにボディに描く。ボディなら、失敗すれば違う色に塗り替えるだけでなかったことにできるからだ。
しかしエンジンに模様を描く場合、製造するときに使う金型からつくり込む必要があるので、失敗が許されない。CB1000Rのデザイナーは相当な覚悟をもってエンジンに模様を入れたはずで、この度胸は称賛に値する。
同じことを、例えばランボルギーニがやっている。上記のイラストの自動車はランボルギーニの特別車Sianで、ライト下にY字を横に寝かしたポジションランプを置いている。これもボディに横Y字を描くだけで表現できたはずなのに、デザイナーは後戻りがきかないポジションランプで表現してしまった。
私はイタリア製品の形状を「デザインの化け物」と呼ぶ。それは、格好良さと美を追求するためなら性能や便利さを簡単に捨ててしまう覚悟があるからだ。
これと同じ魂をCB1000Rにも感じた。
まとめに代えて~本気で「大型免許を取ろうかな」と考えている
私は53歳で中免しか持ってなく、保有バイクはSR400である。この体制でまったく不満はないが、そろそろ人生最後のバイクを選ばなければならず、そうなると「これでいいのか」とも思う。
そのとき私の目の前に現れたのがCB1000R。本気で、大型免許を取ろうかなと考えている。