スズキGSX-8Sとハーレーダビッドソン・スポーツスターSを並べてデザインを論じるのは、私だけだろう。それくらいこの2台は違っていて、共通点は2個のタイヤの間にエンジンがぶら下がっていることくらい――のようにみえる。
では、この2台のデザイン上の共通点は何かというと、「お前がこれをつくったのか」と驚かされたことである。2台とも「らしからぬ」でありながら格好良いのだ。
8Sをバラバラにしてみる
バイクのデザインを追っていて思うのは、意外性を出すのは案外に簡単だが、それを格好良くするのは難しい、ということ。8SとスポーツスターSはそれに成功している
本稿では、まずは8SとスポーツスターSにわけてデザインの特徴を指摘し、そのあとで2台の共通項を探っていく。
まずは8Sをバラバラにしてみる。
ロゴにセンスが光る
初めて8Sをみて「持ってかれた」のは、タンクからフロントフォークに張り出したシュラウド(覆い)だ。しかし感心したのは形状ではなく、そこに描かれた「8S」のロゴ。
8とSの2文字は、太字にしながら縁(ふち)だけを描き中を透明にした。透明にしたことで下地の色が文字の色になる。
つまり、青い車体であれば縁の線を黒にして中を青にして、白い車体であれば文字の線を青にして中を白にした。
そして、このロゴのハイライトは、8とSを密着させて、なおかつ文字の上部と下部を少し削っているところだ。みる者に軽い喪失感を与える。さらに、この文字はそこそこ大きいから、車名を告知しているというより、デザインに参加するグラフィックになっている。
スズキは1)文字の一部を削って、2)グラフィックにする、という手法が得意である。
上の写真はスズキのMotoGPレーサーGSX-RRであるが、中央の巨大な「SUZUKI」の文字はところどころ削られている。
しかもタンクには小さく「SUZUKI」とあるので、これでメーカー名を知らせることができるから、大きく欠けた「SUZUKI」はグラフィックの一部とみなすことができる。
社名をここまで大きく描くことは、ホンダもヤマハもドカティもやらない。
ハーフカウルにしなかったのが正解
8Sを真横からみると、8Sが描かれたシュラウドとライトカバーが、もう少しでつながりそうになっていることがわかる。これならいっそハーフカウルにしてもよかったのではないか。
もちろんハーフカウルにしないで正解。ハーフカウルにするとカフェレーサー風になってしまうからだ。だからといって、シュラウドを置かず、ライトカバーだけにするとネイキッドになってしまう。
8Sはそのどちらでもないのがよいのだ。何にも似ていないことへのこだわりは成功している。
異形6角形・縦2連ライトを踏襲
ハーフカウルにしなかったのには理由はもう一つあり、それは異形6角形・縦2連ライトを活かしたかったからだ。下の写真は8Sである。
スズキは公式サイトで、8Sは「2022年モデルのGSX-S1000のデザイン言語をさらに進化させた」と明かしている。
その2022年版GSX-S1000のフロント部は以下の写真であり、8Sと瓜二つである。
これはいわば「セルフぱくり」であり、デザイン的にはネガティブ要素になるはずだが、8Sはそうはならなかった。
「GSX-S800」にしなかった意味を考える
GSX-S1000と8Sを並べると、さらに類似性がみつかる。両車とも1)シュラウドが目立ち、2)前部をくさび形にして、3)後部をかち上げている。
ではこの2台は兄弟車なのかというとそうではなく、8Sは「GSX-8S」であり「GSX-S800」ではないのだ。
GSX-S1000はいかにもストリートファイターという雰囲気で、アグレッシブであり攻撃的でありグラマラスだが、8Sはサラッとしていて都会風。8Sをストリートファイターにしなかったのは正解だった。
シートレールを露出させてボディと同色にする巧みな演出
8Sのデザインの優れた点は後部にもある。シートレールを露出させてボディと同色にした。
シートレールの露出は、トラスフレームをイメージさせる。
トラスフレームはプレミアム感があり、多くのライダーの憧れの部品の一つになっている。例えば高級車、カワサキH2も見事なトラスフレームを持つ。しかし、トラスフレームはコスト高なので、税抜97万円の8Sにおごるわけにはいかない。
そこで8Sではせめてシートフレームで金属パイプをみせたのだが、よくある手法ではあるが効果的だ。
ただし、シートカウルのとんがり具合は単調で、8Sのデザインで唯一気になった点である。
スポーツスターSをばらばらにしてみる
スポーツスターSのデザインの評価は「気持ちイイ」の一言に尽きる。これがハーレーでなくても「欲しい」と思わせる魅力がある。
これ以上の説明がいらないくらいだが、それでは解説にならないので言葉を費やしてみる。
トラッカーではなくトラッカー風
スポーツスターSはトラッカーというジャンルに入るようだ。「ようだ」というのは、ハーレーの公式サイトにはトラッカーの文字はないが、そのように理解されているからである。
しかし私は、スポーツスターSはトラッカーではなくトラッカー風だとみている。
トラッカーとは、アメリカのダートトラック・レースのレーサーのこと。ダートトラックは未舗装路の楕円のコースをグルグル回るレースで、コーナリング時に後輪を滑らせる。
インディアンのFTRはトラッカー・スタイルといえるが、スポーツスターSはクルーザーやツアラーの要素が強い。
ただスポーツスターSも、右2本出しマフラーや、尻がキュッと絞られたシングルシートなどトラッカーの要素があるので「風」はつくだろう。
低く、長いのに短く
スポーツスターSのデザイン上のハイライトは、低さである。以下の写真のようにスポーツスターSに乗ると手の平の位置が腰の高さまで下がる。それくらい低いのだ。
また、全長2.3mと長いバイクなのに、デザイナーは短くみせようとした。シングルシートにして、なおかつシートカウルの長さを最短にして、後ろタイヤを半分露出させた。デザイナーのこの努力は報われている。
もちろん自己主張が強いエンジンとマフラーも十分魅力的だ。
突然変異としか思えない
8SとスポーツスターSのデザイン上の共通点は突然変異である。
私のメーカー別デザイン観を紹介すると、スズキのデザインは奇抜だが落ち着きがない、ハーレーのデザインは伝統に縛られまくり、なのだが、8SとスポーツスターSはそれから逸脱している。
「奇抜」から「牙なし理解」へ、そして「尖った正統派」に
スズキの奇抜なデザインを追い求める取り組みは、初代刃や初代隼という功績を残したわけだが、しかしその他のバイクのデザインは、どうしても首をかしげてしまう。
ところがSV650あたりから理解しやすいデザインになってきた。
しかし今度は牙が抜かれた印象になり、つまらなくなってしまった。SV650はせっかくトラスフレームをつかっているのに、その他の部品のデザインがありきたりだから欲しいと思わせない。
そこに現れたのが8Sだった。まとまりのある正統派なデザインでありながら、部分的に尖りまくっている。「どうしたスズキ」と感じるほどだ。
水冷のスマートさを打ち消しToughness is back
ハーレーはいまだに、良くも悪くもハーレーだ。以下の写真は2023年現在の公式サイトのラインナップの一部である。ここにハーレーらしからぬ要素は1つもない。
しかしハーレーもいよいよ水冷時代に突入した。当初の水冷エンジン搭載車は、残念ながらビジネス的にも、インパクト的にも成功したとは言い難い。水冷エンジンが持つスマートさや機能的な優等生ぶりが、ハーレーのトゲトゲした針にヤスリをかけて丸めてしまうのだ。
その悪戦苦闘のなかで生まれたのがスポーツスターSである。こちらも8S同様、破綻のないよくまとまった形をしている。それでいてハーレーのバイクが持たなければならないタフネスはきちんと備わっている。
まとめ~デザイナー魂
変えるには相当な勇気が要る。勇気を持つ人なんてそうそういないから、結局は似たものを出す。そして「似せた」と告白するわけにもいかないので、「伝統」とか「オマージュ」とか「系譜」といったそれらしい言葉で装飾する。
しかし8SとスポーツスターSのデザイナーは違った。勇気を振り絞り、新しいデザインに挑戦した。
新しさだけでは伝統派を説得できないから、デザイナーたちは何度も何度も線を引き直して、多くの人が素直に納得できる格好良さをつくったのである。
私が8SとスポーツスターSのデザインを高く評価するのは、もちろん私の好みに合ったわけだが、しかしそれ以上に、デザイナーの魂を感じられたからである。