バイクのデザインには、良いものと悪いものがある。そして悪いデザインには「でも好き」なものと「もうみたくない」ものがある。
ヤマハMT-10とカワサキZH2は後者である、ということを証明するのが本稿の目的である。つまり失敗作なのではないか。
デザインの良し悪しは主観によるところが大きいと考えられがちだが、失敗と断じる以上、客観的な証拠を集めて説明してみたい。
この2台、顔だけ突然、変
この記事を「格好悪いけど個性的ですよね」と無難にまとめることもできた。しかしデザインを論じておきながら、失敗作を失敗作として紹介しないことは逃げであると思った。非難を受ける覚悟で書いている。
以下の写真は、MT-10とZH2のフロント部分を削除したものである。強烈な個性を持っていると思わせる両車であるが、実は顔を取り除くと案外普通のネイキッドであることがわかる。
MT-10とZH2は、実は中央部と後部はむしろ平凡なのである。つまり両者の強烈な個性は顔だけで生まれているといえる。
したがって私が両車のデザインを失敗といっているのは、顔のことをいっている。
「個性的なデザイン」と「失敗したデザイン」の違い
私はこれまでBikefunで奇妙なデザインのバイクとして、ヤマハMT-01、スズキB-KING、ヤマハXSR700、ホンダHAWK11を紹介してきた。この4台は、個性的なデザインとか違和感のあるデザインとは呼ぶが、失敗したデザインとは評さない。HAWK11は若干失敗気味ではあるが、それでも良いところはたくさんある。
しかしMT-10とZH2の顔からは、どうしても「なるほど」という納得が生まれてこないのである。これはもちろん感覚的な話なのだが、それでも私なりに理由を説明できる。
MT-10とZH2の顔について、1台ずつ解釈していく。
参照
【MT-01の顔】目玉のオヤジを2人並べた
MT-10の顔は、まるで目玉のオヤジを2人並べたようだ。
MT-10は初代が2016年に登場し、2022年のモデルチェンジで顔を変えた。下の写真が初代で、その下の写真が2代目である。
MT-10のベースになっているのはヤマハの最高峰SSのYZF-R1だ。SSからフルカウルを取っ払ってネイキッドにすることは、どのメーカーもやることだが、ヤマハはそれだけではつまらないと思ったのだろう、変な顔をつけてしまった。
できることのなかで最大限やった
SSからフルカウルを外すだけではつまらない、と考えたデザイナーの挑戦は正しいと思う。なぜならSSベースのネイキッドはできることが少ないからだ。
R1のような本物のSSはどうしても高額になるので買える人が限られてしまう。つまり本物のSSは売れない宿命を背負っている。
しかし売れないままでは開発費を回収できないから、メーカーは、本物のSSをベースにした派生バイクをつくってそれを安価に設定して売りさばく必要がある。本物のSSに手が届かない人でも安価版なら買うことができ、しかもその人は本物のSSと同じ性能のバイクを所有することができる。
もちろんネイキッドのデザインには、SSのフルカウルにはない野性味がありそこにも価値を見出さすことができるだろう。
しかしSSベースのネイキッドは安価につくられる宿命を負っているので、デザイナーができることが少ないのだ。だからMT-10の変顔は「限られたできること」のなかの「最大限やったこと」といえるだろう。
ちなみに、MT-10の価格はSP ABSが約219万円(税込、以下同)で、ABSが約193万円。R1はM ABSが約319万円、ABSが約237万円である。
MT-10がバーゲン価格で売られていることがわかる。
「単なるネイキッドとは呼ばせない」という気概
MT-10のデザイナーの冒険は、2眼ライトの工夫にある。私はこれを2人の目玉のオヤジ・デザインと呼ぶ。
2眼ライトはバイクでは珍しくないし伝統もある。1980年代には耐久レーサーをイメージしたスズキGSX-Rが2眼ライトを採用したし、2024年現在の最新のホンダCBR1000RR-Rもヘッドライトが2つついている。
しかしこの2台のように普通は、2つのライトをカウルのなかに埋め込んでしまっている。したがって2眼であることは目立ってもカウルの形状自体はいたって普通になる。
ところがMT-10は、目玉だけをくり抜いてフロントフォークに直付け(じかづけ)してしまっている。よくもまあこんなデザインが許されたものだと感心するほど潔い。デザイナーの「単なるネイキッドとは呼ばせない」という気概を感じずにはいられない。
ただし、度胸のあるデザインが成功するとは限らないのである。
【ZH2の顔】スパチャを受けるためにやむを得ず
ZH2の顔もMT-10と同様に異彩を放っている。しかし私は、ZH2のデザイナーにはある種の同情を感じる。なぜならZH2は世界最強の呼び声が高いH2譲りのスーパーチャージャーを搭載しているからだ。
スパチャを積んでいながら普通の顔にするわけにはいかないだろう。強烈なパンチを受けるには、それなりの面構えが必要なのだ。
つまりZH2のデザイナーは、最初から睨み(にらみ)をきかせたデザインをつくるしかなかったのである。
恐るべきアンシンメトリー
バイクはバランスを崩すとすぐに倒れてしまうので、左右対称になっていることが望ましい。もちろん、集合管のサイレンサーや、シングルブレーキ、チェーン、サイドスタンドなどは1個しかないので左右どちらかにつけるしかないが、しかしそれ以外の部品は左右対称になっている。左右の重量バランスが悪いバイクは運転しにくく危険だ。
ところがZH2の顔は堂々とアンシンメトリーになっている。ハイライトは左側にだけ取り付けられたエアインテークダクトである。カワサキはZH2のデザインを「猛獣を思わせるフォルム」「Sugomiデザインの強烈な個性」と表現している。つまりZH2の変顔は確信犯なのだ。
確かにZH2には猛獣のような印象も凄み(すごみ)もあり、そういった意味ではデザイナーはコンセプトとおりの仕事をしている。
しかしアンシンメトリーのアンはアンバランスのアンになるリスクがあり、それゆえに左右非対称は成功しづらく、残念ながらZH2も成功できなかったようだ。
まとめに代えて~変顔の成功確率は奇跡レベル
「え、MT-10もZH2も格好良いじゃん」「全然失敗していないよ」と言う人もいるだろう。しかしそのような人でも、両車が変顔を持っていることには異論はないと思う。
バイクの変顔の代表格はスズキの初代カタナであろう。三角形に弁当箱をめり込ませたところに、小さな鏡のようなスクリーンとちょこんと置いた造形は、おかしなものだ。ところが初代カタナは美しいバイクの代表となった。
初代カタナの成功は、バイクのデザイナーの大きな目標になっている。いや、究極の個性を求めた結果の美の獲得は、すべての工業デザイナーの目標といえるのではないだろうか。
しかし初代カタナのような奇跡はそう簡単に起こらない。
2代目カタナはリトラクタブル・ヘッドライトを採用したものの、それが開けば「三角形に弁当箱がめり込んだ」形になるので、キープコンセプトのデザインといえる。しかし残念ながら成功したとはいえず、今は奇怪遺産的な扱いを受けている。
MT-10のデザイナーとZH2のデザイナーが、初代カタナの奇跡を狙ったのかどうかは知る由もないが、どれだけ少なく見積もっても「個性で勝負してやる」という気持ちはあったのではないか。勝負には必ず勝敗がついてしまうものである。