ヤマハYZF-R1、ホンダCBR1000RR-R、カワサキZX-10Rなどはスーパースポーツ(以下、SS)というジャンルに属する。
SSを私なりに定義するとこうなる。
■SSの定義
バイクメーカーが全力で、一切妥協せず、すべての領域で最高に速くした究極の市販車
私はSSをつくっているバイクメーカーをリスペクトしている。なぜなら速さには説明が要らないからだ。もっといってしまえばSSにはごまかしと言い訳が一切通用しない。これほど厳しい工業製品をつくり続けていることは驚嘆に値する。
だからSSはバイクメーカーにとっても誇りのはずなのに、スズキはSS市場から撤退して、ヤマハについてはR1の生産終了の噂が流れた。
SSは今、売れていない。このジャンルは衰退するかもしれない。この現象が何を意味するのか考えてみた。
そうそうたるメンバーを一気に紹介
SSは直線番長であるだけでは駄目で、コーナリング・マシンでもあらねばならない。しかも格好良くなければならない。
SSが唯一捨ててもよい要素は、ツーリングのしやすさや足つき性などの利便性だ。利便性を犠牲にしてでも走りに特化する、これがSSの宿命である。
その雄姿を確認しておこう。写真はいずれも公式サイトからの引用である(以下同)。
ドカティには「SS」という名前のバイクがあるが、そちらはマイルドなバージョンで、本物のSSはスーパーレジェーラV4(2つ上の写真)である。BMWのSSはS1000RR(一つ上の写真)だ。
もし私がビル・ゲイツ並みのカネ持ちで、相方(いわゆる妻)にバイクは10台までなら買ってもよいといわれたら、この5台を真っ先に買う。
スズキGSX-R1000R(4つ上の写真)だけは生産が終わっているので新車で買えないが、低走行中古車を探して保有する。
SSとレーサーレプリカの違い
SSのコンセプトはレーサーレプリカのそれと似ているが、違いも多い。
1980年代に登場したレーサーレプリカは、レーサーを模したものだ。例えば500㏄のレーサーを模して250㏄のレーサーレプリカをつくった。レーサーレプリカはいわばオマージュ作品だ。
一方のSSは公道最速を目指してつくりあげたバイクだ。だからSSの排気量は1,000㏄ととても大きい。そしてSSは原則、レースやレーサーとは関係ない。それが端的にわかるのが、ホンダとBMWのSSである。
ホンダの最高峰レーサーはMotoGPのRC213Vで、このエンジンはV4だが、ホンダのSSであるCBR1000RR-Rは直4なので両バイクは縁もゆかりもない。BMWにいたってはMotoGPに出場すらしていない。
もちろんバイクメーカーはレースで蓄積したノウハウをSSに投入しているだろう。しかしレーサーレプリカのように「レーサー→市販車」という流れは、SSにはない。
SSをベースにしたレースは開催されていて、鈴鹿8耐にもSSを由来とするレーサーが多数出場している。したがってSSでは「市販車→レーサー」という流れが起きているのだ。この流れはSSの衰退(の兆し)にも関係する重要なものなので、あとで考察する。
とにかくSSは、公道生まれである点が特徴的である。
SSは2度生まれた
私の理解ではSSは2度生まれている。
初代SSの称号は初代GSX-R750(1985年~)に与えるべきだ
初代SSは1985年に誕生したスズキの初代GSX-R750だろう。このバイクはレーサーレプリカの文脈で誕生したのだが、スズキが一切の妥協なく持てる技術をすべて注いで速くした大型バイクであるのでSSでもある。しかも、これほどの高スペックを大型バイクに盛り込んだバイクメーカーは、GSX-R750の前には1社もなかったので、初代SSの冠を授けたい。
初代GSX-R750はバイク乗りをうならせただけでなく、他社を本気にさせた。大型バイク馬力戦争はスズキが口火を切ったのである。この点において初代GSX-R750は、1969年誕生のCB750フォアや、1972年デビューの900スーパー4(Z1)と並ぶ偉大なバイクだと思うのだが、中古市場ではそれほどの評価は得ていないようだ。
話がそれたので戻す。
マッチョ・ブームに逆らって現代SSをつくったCBR900RR(1992年~)
他社も大型の大馬力バイクを出すことになるが、初代GSX-R750のコンセプトを超えるものではなかった。もしくはコーナリング重視のコンセプトを捨てて、直線番長やツアラーの要素を大排気量・大馬力バイクに持たせた。例えばカワサキは1990年にZZR1100を出している。つまり初代GSX-R750以降、SSの要素は徐々に薄れていったのだ。
そこに登場したのが、突然変異種のCBR900RRだ。ホンダはマッチョ・バイクがブームになるなかで、こともあろうか「弱っぽく」みえる900㏄で勝負をかけたのである。
ホンダは大排気量・大馬力・太マッチョなバイクがライダーを置き去りにしていることを懸念した。「こんなんじゃコーナーを楽しめない」「操る楽しさがない」と。それであえて排気量を抑えて、並みのスキルを持つライダーが自分最速を出せるバイクをつくったのだ。
大型バイクでコーナリングを楽しもうというホンダの真意は、世界中のバイク乗りに理解され、SSは新時代に突入した。これ以降、1998年に登場した初代R1も、2009年に販売された初代S1000RRも、SS界に革命をもたらしたわけだが、しかし両バイクともSSの定義を書き換えたわけではない。
だからGSX-R750が初代SSなら、CBR900RRは現代SSの母だ。そのDNAは現行CBR1000RR-Rに受け継がれている。
SSは高性能になりすぎたから売れない
SSが衰退した理由、または衰退の兆候が表れている原因は、売れなさだ。
初代SSのGSX-R750を源流に持つGSX-R1000は2022年に生産を終え、スズキはSS市場から撤退した。そしてヤングマシンは2024年2月に「欧州で公道版R1の販売終了を予告」という記事を出した。これが、ヤマハはR1をもうつくらないのか、という憶測を呼んだのである。ヤマハが公式に「R1はつくらない」と発表したわけではないが、売れないバイクをいつまでもつくり続けることはできないだろう。
参考
https://www1.suzuki.co.jp/motor/lineup/gsxr1000ram2/?page=top
https://news.webike.net/motorcycle/355399
https://www.autoby.jp/_ct/17668301
https://global.yamaha-motor.com/jp/design_technology/technology/electronic/001
大型バイク販売のトップ10にSSは1台も入らず
休日に道の駅の駐車場をのぞいても、置いてあるバイクはハーレー、ハンターカブ、ネイキッドばかりだ。もしくは中型の「小さいSS」か。本物のSSは本当にみあたらず、ポルシェよりみない。
2023年の401㏄以上の車種別販売ランキングは次のとおり。
■2023年の401㏄以上の車種別販売ランキング
1位:Z900RS(カワサキ)
2位:ローライダーS(ハーレーダビッドソン)
3位:レブル1100(ホンダ)
4位:CB650RとCBR650R(ホンダ)
5位:CB1300SF(ホンダ)
6位:NINJA1000SX(カワサキ)
7位:XSR900(ヤマハ)
8位:トライアンフの1,200㏄シリーズ
9位:隼(スズキ)
10位:GSX-S1000、GT、カタナ(スズキ)
SSは影も形もない。
値段がとにかく高い。バイクに300万円も出せないよ
SSが売れない理由は明らかだ。高性能すぎるのだ。SSの最大の特徴である高性能が売れない原因になっているのは皮肉なものだ。
性能の高さは本来は売りになるはずだ。それなのになぜ、売れない原因になってしまったのか。それは中間所得層では手が届かなくなるほど高額になってしまったからである。
性能というものは貪欲で、性能を高めれば高めるほど、性能を高くしなければならなくなる。どういうことかというと、馬力という性能を高めると、前輪が持ち上がったり転倒しやすくなったりするので、ウイリー防止装置や6軸センサーといった別の性能を組み込まなければならなくなる。ブレーキ性能も上げる必要がある。
性能はカネ食い虫だ。
R1なら安いタイプでも236.5万円(税込、以下同)で高いバージョンになると319万円もする。バイクに200万円も300万円も出せる人はそうはいない。富裕層しか買えないし、富裕層は少ないし、バイクに乗る富裕層はさらに少ない。つまり買えないから売れないのだ。
レーサーなんて運転できないよ
この写真はHRCが販売している「CBR1000RR-R FIREBLADE SP レースベース車」である。
つまりSSをベースにしたレース車両だ。ウインカーなどの保安部品もついているが、HRCは「レース専用ですので、一般公道での走行はできない」と説明している。
SSは今、ちょっといじっただけでレーサーになってしまう。先ほど、「レーサーレプリカは『レーサー→市販車』だが、SSには『市販車→レーサー』という流れがある」と紹介したが、この「CBR1000RR-R FIREBLADE SP レースベース車」がまさにそれだ。
高性能だから、バイクの操作スキルが高くない人は楽しめない。仮にスキルがあっても、こんなバイクを公道の制限速度、時速60kmで走らせても楽しくないだろう。
ちなみにR1は、1998年発売の初代のコンセプトは「ツイスティロード最速」で、つまり峠道を速く気持ちよく走ることを目的にしていた。ところが現行R1は2015年の鈴鹿8耐でデビューウインしたことをPRするほどサーキットを意識してつくられている。
SSは今、超SSになってしまった。超SSは、腕自慢のSS乗りでも手に負えず、小ガネ持ち程度では買えない。SSは今、多くの顧客を失ったのである。
私がSSをリスペクトする理由
ここからは私見――というか想いを。
私はSSが衰退することを懸念している。なくなって欲しくない。なぜならSSはバイクメーカーが威信をかけてつくる最高傑作だからだ。
最高傑作だから、無駄をそぎ落としているから
SSには、これにしか出せない迫力がある。それをオーラと呼ぶ人もいる。
道の駅の駐車場にSSが入ってきたときに、そのほかのバイクに乗っているライダーたちに緊張感が走る、といった経験をしたことはないだろうか。
もちろんメガスポにも、ハーレーにも、空冷Zにも、迫力も雰囲気もあるが、SSは別格だ。上とか下とかではなく、格が違うのだ。その格は、走り以外のすべての要素を切り捨てたことで得たものであり、ほかのジャンルのバイクが獲得できないものである。
例えるなら、SSは陸上競技の100m走者だ。マラソン選手も、水泳選手も、野球選手ももちろんすごいが、100m走者の、速く走ることしか追求しないことの究極の特化は別格だろう。
技術の継承が心配だ
もし売れないからという理由でバイクメーカーがSSをつくらなくなってしまったら、技術が途絶えてしまうのではないか。SSは40年かけて現在の形になったわけだが、それはすなわち、ここまで進化するのに40年が必要だったことを意味している。
その間バイクメーカーと部品メーカーは技術を磨き、性能を高め、(高額ではあるがそれでも)コストダウンを図ってきた。SSにしか使われない超高度な技術はSSにしか要らないものだから、SSをつくらなくなるとその貴重な技術がさびれてしまうだろう。
退化への危惧
SSの衰退は、退化を促さないだろうか。
1980年代のレーサーレプリカ・ブームでも、今のSSの衰退(傾向)と似たことが起きた。レーサーレプリカが高性能になりすぎて、スピードを出す走りに特化しすぎて、バイク乗りがついていけなくなったのだ。そのとき登場したのが、1989年デビューのゼファー(400)である。
私はゼファーには2回驚かされた。1回目は、本当にこれほど性能が低いバイクを今さら出すのか、という驚きだ。2回目はゼファーが空前のヒットとなったときだ。これほど低性能のバイクがなぜ今売れるのかと、理解できなかった。
ゼファーはバイクを再定義した点において重要な存在である。しかしビジネス・ウォッチャーである私は、モノづくりメーカーには進化し続けてもらいたいという気持ちがあるので、バイクメーカーがあえて低性能なバイクを新たにつくったことを退化と感じてしまう。
同じことがSS衰退後に起きるのではないかと危惧している。
(ただし、バイク製造の技術の退化とバイクの魅力は関係しない。ヤマハSR400が昭和の技術で令和のライダーを魅了していたことや、ホンダの新型ローテク・バイクGB350がヒットしていることがそれを裏づけている)
まとめに代えて~提言:フェラーリになれ
SSは超SSになり、バイク乗りを置き去りにして衰退傾向が現れてしまった。それでも私は、なんとかしてSSに残ってもらいたいと願っている。
その解決策になるのが、バイクのフェラーリをつくることだ。フェラーリの市販車は超絶スペックのために高額になっているが売れている。
バイクメーカーが自社のSSをフェラーリにすることができたら、SSビジネスで大きな利益を生み出せるのではないか。今のところドカティがそれに成功しているようだ。
スズキは性能の割に安いバイクをつくることが得意なので、フェラーリ的SSをつくることは難しかっただろう。だからSSから早々に撤退したのは賢い選択だった。
今のところ日本メーカーでブランディングに熱心なのは、ホンダとカワサキだ。この2社は販売店を強化するなどして、自社バイクにプレミアム感を持たせようとしている。ただしまだブランディングに成功したとはいえない印象がある。
私は超・超SSをつくれるかどうかが、SSの生き残り策だと思っている。