バイクメーカーが、また破綻した。オーストリアのKTMが2024年11月、破産手続きに入ったのだ。MotoGPで活躍するほどの技術力を有し、バイク先進国ニッポンでも認知度が上がっていただけに、日本のバイク業界にも衝撃が走った。
ただ、それほど心配しないでもよい、といえそうな状況である。KTMの破綻原因と、多分大丈夫といえる理由を解説する。
破綻といっても再生だし、バイクメーカーだし
日刊自動車新聞は2024年11月28日、「KTMが破産」と報じた。この記事によるとKTMは、本社があるオーストリアの裁判所で破産手続を開始する。破産とは、借金を返済できなくなり清算手続きを行うことである。
ただ同紙は同月30日付けの「KTM、日本法人が声明」の記事で、KTMの破産は、日本でいう民事再生手続きであると知らせている。
つまりKTMは、経営は破綻したがすでに「再生」に向けて進んでいるわけだ。つまりKTMが消えてなくなる可能性はかなり低く、だから大丈夫と思っておいてよい。
参照:https://www.netdenjd.com/articles/-/310257
民事再生は借金を減らして事業を続ける手続き
KTMオーナーやKTMファンは、KTMが民事再生を選んだことを喜んでよいだろう。
KTMは現段階(本稿執筆は2024年12月)では、「民事再生をする予定」であり「民事再生が始まった」わけではない。しかしKTMほどの魅力ある企業なら、民事再生が始まらないわけがないだろう。もちろん不測の事態は起こりうるが。
そもそも破産とは、債権者が「借金を返せ」と言って、債務者(ここではKTM)が「返せない」と言っている状態である。そして、破産のあとに始まる民事再生とは、借金を減らしてもらって無理なく経営していくことである。つまりこういうことだ。
■民事再生のイメージ
●KTM「借金を全額返すことは無理」
●債権者「じゃあ少しだけ返して欲しい」
●KTM「それだけ借金を減額してくれれば、時間はかかるだろうが返済できる」
●債権者「では引き続き、頑張って経営してくれ」
KTMには今も工場も従業員も販売経路もある。だから民事再生が始まれば引き続きバイクをつくって売ることができるのだ。
最悪、ヨーロッパ最大でなくなるだけ
実はKTMは1991年にも破綻した。KTMはその後再建し、めきめきと力をつけてヨーロッパ最大のバイクメーカーになり、1日約1,000台を製造している。従業員数は約5,000人。
レースでの活躍も目覚ましく、2024年のMotoGPでKTMはコンストラクター部門2位になった。ホンダ(5位)もヤマハ(4位)も下した。ちなみに1位はドカティ、3位はアプリリア。
もちろん今回(2024年)の破綻によって、これまでとおりとはいかないだろう。KTMはすでに今後2年以内に生産能力と人員を削減すると発表している。したがって今後のKTMは、最悪でもヨーロッパ最大ではなくなる程度だろう。
日本メーカーが異常にすごいだけ
もちろん経営破綻を軽く考えることはできないが、しかしバイク業界で起きたことでもあるし、それほど重々しく考える必要もないのではないか――というのが私の考えである。
日本人のバイク乗りが「バイクメーカーが破綻した」と聞くと、大変なことが起きたと感じるかもしれない。それはホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキをイメージしているからだろう。この4大バイクメーカーは日本経済を支えている重要企業である。
しかし、世界のほかのバイクメーカーはどうかというと、経営がうまくいっているようにみえるのはBMW、ハーレーダビッドソン、ロイヤルエンフィールドぐらいなもので、ドカティもMVアグスタもトライアンフも破綻を経験しているし、企業規模も小さい。少し言葉は悪いが、外国のバイクメーカーは経営が下手だ。
というより日本の4大バイクメーカーのほうが、異常に企業規模が大きく、異常に経営が上手いのかもしれない。
バイクメーカーが破綻するのは当たり前?
ここまでの説明で次のような疑問が湧くと思う。
●経営が下手なバイクメーカーが多いなかでKTMは上手に経営していたはずだ。それでも破綻したのはなぜか。
この答えはとてもシンプルで、バイクをつくって売るビジネスは難しいからだ。つまりバイクメーカーは破綻しやすいのである。
KTMは火の車だった
KTMは破綻前からすでに、インドの大手バイクメーカー、Bajaj Auto(以下、バジャジ)の出資を受けていた。そしてヨーロッパでこそKTMは人気バイクであるが、昨今のインフレで販売が低迷し過剰在庫を抱えていた。
ではなぜ人気バイクをつくっているKTMの経営は厳しかったのか。
趣味バイクは経営しづらい
自動車産業専門調査会社のFOURINによると、2022年の世界のメーカー別バイク・シェアは以下のとおり。
1位:ホンダ:34%
2位:Hero Moto Corp(インド):10%
3位:ヤマハ:9%
4位:雅迪科技集団(中国):9%
5位:バジャジ(インド、KTMに出資):7%
6位:TVS Motor(インド):6%
7位:大長江集団(中国):4%
8位:スズキ:3%
その他:18%
ここからわかることは、日本以外は中国とインドばかり、ということである。KTMはもちろんドカティもハーレーも、そしてカワサキすら「その他18%」のなかに入っているレベルだ。
バイクには、実用バイクと趣味バイクの2種類がある。実用バイクは人や物を移動させる道具であり、車を買えない人が多くいる途上国や人口超大国で大量に購入される。生活と経済に必要な実用バイクをつくっているメーカーは存続しやすい。だから経済発展が著しい中国とインドのバイクメーカーが元気なのだ。
一方の趣味バイクは生活必需品ではないから、必ずしもいつも売れるわけではない。しかも性能を高めたり、デザインを良くしたり、ブランディングしたりしなければならないから、趣味バイクメーカーの経営は「ゲキムズ」だ。
KTMはもちろん趣味バイクメーカーである。
参照:https://www.fourin.jp/report/Motorcycle_NENKAN_2023.html
バイクファンの資本家はバイクメーカーに寛容だ
KTMにはブラバス1300Rエディションというバイクがあり、570万円もする。こんな価格でバイクを売ればさぞ儲かるだろう。しかし、売れれば大儲けできるが、売れなければコストかけた分だけ損失は膨らむ。
これがKTMを含む趣味バイクメーカーが採用しているビジネスモデルである。こんなリスキーなビジネスモデルでは、破綻するのは当たり前とすら感じる。
ただし、だからこそ民事再生をはじめとする救済策が、破綻したバイクメーカーに適用されやすいのではないか。資本家のなかのバイクファンは、「リスクを取って魅力的なバイクをつくって欲しい。それで破綻してもなんとかするから」と考えているのだろう。
このような寛容な対応はバイク業界で散見される。最近ではイタリアのビモータの再生をカワサキが支援した。カワサキは寛容な資本家として振る舞ったのである。
参照:https://www.netdenjd.com/articles/-/222894
KTMは元気
破綻後、KTMのシュテファン・ピーラーCEOは「未来に向けてピットストップしたが、私は戦う」と言った。ピットストップとは、レーサーがレース中にコースを離れてピットに入り、ガソリンを補給したりタイヤを交換したりすることだ。KTMにとって破産なんてピットストップにすぎないのである。
またKTMの日本法人、KTMジャパン(本社・東京都江東区)も破産ニュース後すぐに「バイクやスペアパーツ、アクセサリーは今まで通り届けることを約束する。物流やカスタマーサービスも問題はない」と言ってのけた。
日本の販売拠点は、KTMは32店、KTM傘下のハスクバーナは28店、同じくKTM傘下のガスガスは11店である。
KTMは破産報道直前の2024年11月8日に、新型のSS、990RCRをミラノショーで発表している。経営陣が破綻に向けた準備でバタバタしているときに、開発陣は淡々と高性能バイクをつくっていたのである。
KTMはとても元気だ。
参照:
https://www.netdenjd.com/articles/-/310257
https://www.netdenjd.com/articles/-/310360
https://news.webike.net/motorcycle/419708
https://www.ktm.com/ja-jp/990-rc-r.html
まとめに代えて~リスクは景気の悪化
私が「KTMは大丈夫」と言い切らずに「多分大丈夫」にとどめたのは、この貴重なバイクメーカーが消滅する可能性がゼロではないからだ。
KTMのラインナップは、モトクロス、エンデューロ、クロスカントリー、トラベル、スポーツツアラー、スーパーモト、ネイキッド、SS、ブラバスとなっている。商品の種類が多くなると開発コストもマーケティング・コストもアフターサービス・コストもかさむ。身の丈に合った経営をしていたのか、という疑問が浮かぶ。
今後はMotoGPへの参戦も難しくなるだろうという観測もある。スズキですらMotoGPから撤退しているし、カワサキはそもそもGP500時代から出ていない。利益を生まないうえに大ガネ食いの最高峰レースへの参加は、KTMには贅沢すぎたのかもしれない。
KTMが主戦場とするヨーロッパの景気は、なんとなくいつも調子が悪い。世界経済を牽引している中国やアメリカも常に景気後退の噂が出ている。
KTMに限らずすべての趣味バイクメーカーにとって生きやすい状態ではないようだ、今は。
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