2014年、BMWが異様なバイクを出した。でっぷりとしたタンクの下にどっしりしたボクサーエンジンを置き、フロント部は倒立フォークとラジアルマウントのブレンボでガチガチに武装しているのに、リア部はスカスカ。
そうR nine Tだ。
そして同じ年に早速、フルカスタムのR nine Tが発表された。つくったのは八ヶ岳(山梨県)のふもとにあるファクトリー、46worksだ。上記のイラストがそれ。
このカスタムR nine Tはみるからに只者ではないが、誕生の経緯も尋常でなく、BMWが直々に46worksにR nine Tのカスタムを依頼した。
46worksのカスタムバイクと、代表の中嶋志朗さんのスタイルを紹介したい。
BMWがカスタムありきで売り出した
私はSRをノーマルで乗っていますが、カスタムバイクが大好きです。【シリーズ・カスタムを考える】はバイクがより格好良くなることについて考察していきます。 中嶋さんと会ったことはなく、メールで挨拶させていただいただけですが、私はもう何年も氏のユーチューブ番組を視聴しています。
デザイナーは、自分のデザインをいじられることを嫌う。それはそうだろう、自分の仕事を否定されるわけだから。
したがってバイクのカスタムは、ある意味において、バイクメーカーのデザイナーに「こうしたほうがもっと格好良いでしょ」と提案する挑戦である。
しかしR nine Tに限ってはそうではない。
BMWはR nine Tのデビュー・イベントの一環として、アメリカのカスタムビルダーにR nine Tのカスタムを依頼した。そしてBMWは、そのカスタムR nine T「コンセプト・ナインティ」を世間に公表して「このバイクはこんなに格好良くなるんですよ」といったのである。
選ばれし4人のうちの1人
BMWは「コンセプト・ナインティ」に続いて「R nine T Custom Project」を立ち上げる。このプロジェクトの舞台は日本だった。
BMWのデザイン部門の最高責任者、オラ・ステネガルド氏が来日し、日本の4人のカスタムビルダーにフルカスタムを依頼してR nine Tを託した。
そのうちの1人が46worksの中嶋さんだった。
中嶋さんのカスタムR nine Tは以下の公式サイトでみることができる。
https://www.r9t.jp/customproject/gallery/nakajima.html
中嶋さんは誰なのか
46worksはバイク界隈ではカスタムショップと認識されているが、中嶋さん自身はファクトリーと呼んでいる。バイクだけでなく、クラシックカー(四輪)の部品も家具もつくるからだ。ちなみに自身の工場も半分くらい自分でつくってしまった。
雑音を避けて山のふもとへ
中嶋さんは2001年に、BMWやモトグッチなどのヨーロッパ・バイクをカスタムするRitmo Serenoを東京都西東京市で立ち上げ、その後、同社の代表を降りて2014年に八ヶ岳山麓に移住して46worksを立ち上げた。
ちなみに46worksは詳細な住所も電話番号も非公開で、中嶋さんに接触するには公式サイトに記載されているメールアドレスにメールを送るか、ユーチューブ番組にコメントを残すしかない。
バイクのカスタムなどに集中したいため、このようなスタイルを取っているそう。
格好良くて、技術力がある、センスの持ち主
中嶋さんはスタイルを持っている。もちろんすべての人はそれぞれのスタイルを持っているわけだが、中嶋さんのそれには人を魅了する力がある。
中嶋さんのスタイルの魅力の源泉は、1)格好良さと2)技術力と3)センスの3つだと思う。ひとつずつ私の見解を述べる。
■格好良さについて
私は、バイクのレースをする人には無条件で「格好良い点」を40点差し上げているのだが、中嶋さんはレースをするだけでなく大会に出れば優勝してしまう。さらに中嶋さんはワコールのCMに出演するほど格好良い。
格好良い点はこれだけで少なくとも90点になろう。格好良い人のスタイルは誰もが憧れるものだ。
■技術力について
中嶋さんは大学工学部卒というインテリの一面があり、46worksの工場内は工作機械であふれている。どのカスタムショップの職人たちもワンオフ・パーツをつくるが、中嶋さんの技術力はちょっとレベルが違うと思う。
BMWのバイクの後輪の特殊なホイール・ハブを手づくりしてしまうのだ。その完成度はマシニングセンタでつくったものとなんら変わらない。設計と加工の両方をやってしまうことは驚嘆に値する。
中嶋さんはさらにFRPも扱うし、加工が難しいチタンで製品をつくることもある。
多分、最新の工作機械がそろった大企業の工場を中嶋さんに貸して、好きな材料をいくらでも使ってよいといったら、1カ月くらいで1人でバイクをつくってしまうと思う。
■センスについて
そしてセンスであるが、これはとても説明しづらい。中嶋さんがつくったバイクを示して「このようなものをつくるセンス」というか、それとも「BMWが認めるセンス」とか「数々のカスタム・ショーで受賞している人」といったようにエビデンスを示すしかない。
一つ、私でも知っている、中嶋さんのセンスを説明できるものがある。それは作業をするときにチェックのシャツを着ていること。
作業着を着ないのは、油まみれにならない自信だろうか。それとも、スタイリッシュに仕事をするためのこだわりか。
なぜか何度もみてしまう(私も中嶋さんも)
下記のイラストは、別のBMWの、46worksのカスタム車両である。
ベースはR100RS。でかいカウルとでかいシートを持つツアラーで、みためはクジラ。
中嶋さんはクジラの内臓だけを残して、あとはごっそり取り除いてしまった。そこにオリジナル・タンクやオリジナルシートなどをつけてスッキリさせている。
これをセンスと呼ばずして何をセンスと呼ぶのか。
ユーチューブでみれる
冒頭のイラストで紹介したカスタムR nine Tと比べると、このカスタムR100RSの外観はおとなしめだが、なぜか私は定期的にこのバイクをみたくなってしまう。
中嶋さんはこのカスタムR100RSの製作風景の動画をユーチューブにアップしている。私はこれを何度みただろうか。URLは以下のとおり。
このユーチューブ番組の7:10(7分10秒)をみて欲しい。中嶋さんが完成したカスタムR100RSを工場のなかから外に出すシーンが始まる。
中嶋さんはセンタースタンドを外して、台から下し、バックで押し歩く。外に出たところでサイドスタンドを出してバイクを置き、中嶋さんは工場のなかに戻る。
このとき中嶋さんは、3度も振り返ってカスタムR100RSをみている。
バイクを置いてそこから離れるときに見返してしまうのは、そのバイクが格好良いからだ。私もこのカスタムR100RSを格好良いと思う。
みせる、について
46worksのユーチューブ番組は、カスタムバイクが好きな人なら一見の価値あり。中嶋さんは単なる金属の塊を、工作機械を使ってバイク部品に変えていく。キャブレターのオーバーホールですら見応えがある。さまざま工程を経て格好良いバイクがつくられていく様(さま)は見事というよりない。
そして映像がとてもキレイだ。構図も練られていて、どんどん画面に吸い込まれていく。恐らく絵コンテのようなものをつくって計画的に撮影しているのではないだろうか。ショートムービーといってよい出来映えである。
撮影には家族も協力している。
中嶋さんはみせるのが上手だ。ここでいう「みせる」は、「見せる」であり「魅せる」であり「観せる」でもある。
中嶋さんはバイクを格好良くみせるスタイルを考え、素材をそのスタイルとおりに加工して部品をつくる。その部品はまるでノーマル部品のようにカチッと確実にバイクの本体に組み込まれていく。
さらにその様子の一部を動画撮影して、人々にみせている。中嶋さんがつくっているカスタムバイクのオーナーになる人は、この動画もそのバイクと一緒に宝物になるだろう。
まとめに代えて~中嶋さんをみているとバイクに乗りたくなる
46worksのユーチューブ番組に、中嶋さんがバイク仲間と近所にツーリングに出かける内容のものがある。URLはこちら。
中嶋さんを含むバイク5台と自動車1台が午前6時半に46worksに集まって、田舎道を走る。なんてことのない走行シーンのあと、山間部の駐車場に到着してみんなで談笑している。
5台のバイクは、1991年モトグッチ1000S、1982年モトグッチ・ルマン3、1988年モトグッチ・ルマン1000、1990年BMW・R100RS、1973年BMW・R90/6という布陣で、どれも味わい深い。
みんなとても楽しそうにしていて、それが私にはとてつもなくうらやましいのだ。この動画も30回近くみているが、みたあと必ず私も走りたくなる。
参考
https://www.bikebros.co.jp/catalog/7/1_27/#spec_top
https://allabout.co.jp/gm/gc/445153/
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02285/
http://www.ritmo-sereno.com/factory/index.html
https://www.r9t.jp/customproject/