稚内(わっかない)は日本最北の地であり、ライダーの聖地でもある。
ライダーはなぜか最果てに行きたがる。バイクはどこにでも行ける乗り物なので、行けるところまで進みたい心理が働くからだろう。
北海道稚内市にある「日本最北端の地の碑」にも多くのライダーが訪れる。
しかし真冬にここを訪れるライダーは原則いない。なぜなら猛吹雪と凍結した路面でとてもバイクが走れたものではないからだ。
ところがなんにでも例外があって、それは大晦日。12月31日にバイクでこの地を訪れ、年明けを待つライダーが少なからず存在する。そして彼らは「日本最北端の地の碑」付近にテント村をつくる。
これはもはや冒険である。道民ライダー・ライターの著者がその様子をレポートする。
道外からみた稚内の位置づけ~単なる北海道じゃない
稚内はもちろん北海道にあるのだが、しかしここは普通の北海道ではない。道外の人が函館とか札幌のつもりで稚内を目指すと大変なことになる。
大晦日・稚内ツーリングは間違いなく冒険なのだが、それは「本物の冒険」であり、そんじょそこらの「冒険っぽいもの」などではない。つまり命の危険がある。
そこで大晦日・稚内ツーリングを紹介する前に、道外ライダー向けに稚内の基本情報を提供したい。
遠い:札幌から330km
稚内の特殊さは遠さにある。北海道を「1つの都道府県」と思っていると、札幌と稚内は近いように感じてしまうかもしれないが、それは間違い。札幌から道路距離で330kmもあり、これは東京駅と名古屋駅の距離とほぼ同じ。東京都と愛知県の間には神奈川県、静岡県、山梨県、長野県がある。つまり札幌から稚内に行くことは6つの都県をまたぐようなものである。
もっと恐い数字を示そう。道外ライダーはよく、フェリーを使って苫小牧から道内入りするが、苫小牧からだと稚内は400kmを超える。夏場でも稚内ツーリングは疲労に注意しなければならず、途中でどこかで一泊することをおすすめしたい。
何もない、と思って来て
その昔、森進一さんが「襟裳岬」で北海道えりも町のことを「何もない」とうたったが、稚内もほとんど何もない。
いや、北海道民からすると稚内は立派な街だし、その付近は「きちんとガソリンスタンドもコンビニもある」と感じるが、本州の、しかも大都市に住んでいる人が稚内付近を走ると何もないと感じるだろう。
だから、稚内を目指すときはガソリンは小まめに入れたほうがいいし、バイク店をみつけるのに苦労するから出発前にしっかりバイクを整備しておいて欲しい。
ただ道民はものすごく優しいので、もし周囲に何もない道路でバイクが故障したら、困った雰囲気を出せばよい。必ず1時間以内に車またはバイクが止まってくれて「どうしたんですか」と聞いてくれる。
筆者は何もない場所で自動車のタイヤを溝に落としてしまったことがある。すぐにJAFを呼んだのだが、それが来る30分の間に7台の車が止まってくれて「大丈夫ですか」と聞いてくれた。その全員に「JAFを待っています、ありがとうございます」とお礼を言った。
道民が道路で困った人に親切なのは、それがどれだけ危険であるかを知っているからだ。
真冬の北海道をバイクで走るリスク~最悪は死
続いて真冬の北海道をバイクで走ることについて考えてみたい。
一言でいうと無茶である。
転倒するリスクは恐らく日本1だ。吹雪に遭えば視界がゼロになり、自動車でも前の車がノロノロ運転をしていて追突するくらいである。
そして札幌=稚内間には、ところどころに本当に何もないエリアがある。もしそこでバイクが故障して、自動車がまったく通らなかったら助けてもらえない。真冬の札幌=稚内間の交通量は極端に少なくなる。
気温はマイナス10度以下になることは珍しくなく、凍死も視野に入ってくるので、そのときはバイクを捨てて徒歩で人家を探すしかない。
しかし真冬の北海道ツーリングは無茶だからこそ冒険になりえ、だからこそ一部の人を猛烈に惹きつけるのだろう。
大晦日・稚内ツーリングはどう行うのか
稚内の基本情報と真冬の北海道バイク事情を理解したところで、大晦日・稚内ツーリングについて解説する。
ただ解説といってもやることといえば、1)12月31日に北海道の道路をバイクで走って、2)「日本最北端の地の碑」に到着し、3)そこでテントを張って年明けを待つ、だけである。
準備が命
大晦日・稚内ツーリングの成功は無事帰宅することだ。そのためには準備がとても重要である。バイクについては次の章で紹介するので、そのほか準備をここで紹介する。
防寒着は、東京あたりの冬ツーリング用のものでは全然足りない。スキーウェア並みのものが必要で、ヒートテックの類(たぐ)いももちろん着込みたい。
グローブもスキー用かそれ並みのものが必要。グローブは予備も用意を。手袋がなくなった時点で旅は終了してしまうからだ。
足はモトクロス用のブーツで守る。足とブーツとズボンの間に隙間があるとそこから冷気が入り込み一気に体温を奪うので、密閉する工夫が必要である。
ヘルメットはフルフェイスの一択だろう。しかしフルフェイスでも下部から冷気が入ってくるので、首とヘルメットを密閉する。
このとき問題になるのがシールドの曇りだ。ヘルメットの内側はプラス20度以上で外側はマイナス10度なので必ず曇る。曇り止めは必需品。
テント泊をするならシュラフ(寝袋)が必要だが、必ずマイナス10度以下に耐えられるものを用意すること。夏キャンプ用のペラペラのシュラフでは寒くて眠れないし、眠れないと疲労が蓄積して走行に支障を来す。
テントは、きちんとした登山用のものを用意したい。頑丈かつ小さめのものがおすすめ。小さいテントなら暴風を「いなす」ことができるが、大きいテントだと風をもろに受けて吹き飛んでしまう。テントは避難所と考え、快適さは二の次になる。
バイクは軽量なオフがよいのでは
大晦日の稚内を走るバイクは、中型程度の軽量なオフ系がよいと思う。軽いバイクなら転倒したときに引き起こしやすいし、自重によるダメージも小さくなる。
1,000㏄以上の大きなアドベンチャー・バイクを持っている人は、それで白銀の世界を走りたいと思うだろうが、それは2回目以降にしてはいかがだろうか。
ちなみに、冒険家でプロライダーの風間深志さんが1987年に北極点に向かったときに使ったバイクはヤマハのTW200だ。
どれだけ熟練したライダーでも転倒は想定しておいたほうがよいので、エンジンガードはつけておいたほうがよい。札幌=稚内間はただでさえバイク店が少なく、真冬に営業しているところは皆無と考えておいてよい。
大型スクリーンがあると雪が体に当たる量を大幅に減らすことができ、走行に有利。
ナックルガードは手の保温にも役立つ。ハンドルと手を一体で覆ってしまうハンドルカバーのほうが保温性は高いだろう。
荷物はテント、シュラフ、防寒着と多くなるのは必至。荷崩れを起こすとその復旧に時間がかかって凍えてしまうので、大容量かつ、しっかりホールドできるバイクバッグを用意する。
最も重要な課題はタイヤで、最も効果が高いのはスパイク・タイヤだが、場所によっては使うと違法になってしまう。そのため、例えば東京から大晦日・稚内ツーリングをするのであれば、東京から北海道入りするまでの間はスパイク・タイヤでは走れない。
また北海道内もスパイク・タイヤで走れない区域がある。
こうした事情があることから、道外ライダーのなかには冬の北海道を走るときに、道内のバイク店に協力をあおぎ、そこでスパイク・タイヤに交換してもらっている人もいる。
ちなみに、一般的なオンロード用のタイヤで冬の北海道を走ることは自殺的行為である。絶対にしないように。
現地は大盛り上がり、達成感はハンパない
さて、ここまでリスクや危険性を強調してきたが、大晦日・稚内ツーリングは魅力がある。ゴール地点になる「日本最北端の地の碑」は毎年大盛り上がりである。
誰でもできるわけではないことを実現させた達成感は相当なもので、感動するだろう。
テント泊について~宿を使うのは邪道なのか
大晦日・稚内ツーリングをしたいがテント泊が不安な人は、ホテルや民宿を使おう。宿を使えばテントとシュラフが不要になるので荷物が減り、荷崩れリスクも重量増による走行の危険度も減る。
「宿を使うと冒険度が低下してしまう」と気にすることはない。優れた冒険家ほど恐怖に対して謙虚だし、リスクを少しでも減らそうとする。
先ほど、冬の北海道ツーリングは無茶であると紹介したが、それは無理でも無謀でもない。自分でコントロールできないリスクを背負うことが、無茶を無理や無謀にしてしまう。
無理・無茶な行為はもう冒険ではなく、これもまた自殺的行為だ。
大半は普通に走れてしまう
冬の北海道をバイクで走るときに注意したいのは、むしろ普通に走れてしまうことだ。しっかり準備をしておけば、走り始めて1時間もすれば「普通に走れるな」とか「冬の北海道の道って全然行けるじゃん」と感じるはずである。
しかし油断した途端、白い悪魔に襲われる。雪の下に氷が隠れていると「危ない」と思う間もなく転んでいる。さっきまで晴天だったのに、突如吹雪になることもある。北海道の雪は「晴天→小雪→大雪→吹雪」と悪化するのではなく、「晴天→吹雪」になる。
帰りも行きと同じリスクがある
札幌から稚内まで数百キロもあるが、それでも「日本最北端の地の碑」に到着した時点では旅は半分しか終わっていない。
そして復路(帰り)のリスクの量は、往路(行き)のリスクの量とまったく同じである。
初心者は挑戦すべきではないと言わせていただく
以上のことから、初心者は大晦日・稚内ツーリングに挑戦すべきではない、というのが筆者の考えである。
もし大晦日・稚内ツーリングに挑戦したいと思ったら、まずは真冬の函館ツーリングくらいから挑戦してはいかがだろうか。函館は北海道の南に位置し、近くに太平洋があるので、真冬でもアスファルトがあらわれている道路がたくさんある。
それでも十分寒いし危険なので、冬の北海道ツーリングの練習になる。これで「大丈夫」と確信できたら、徐々にステップアップしていけばよいのではないか。
まとめ~リスクを減らす懸命の努力
私は大晦日・稚内ツーリングどころか、真冬の北海道バイク走行もしない。したがってライダーにすすめることでもない。
しかし大晦日・稚内ツーリングを成功させた人の笑顔は知っていて、そのことはどうしても伝えたかった。
そして、大晦日・稚内ツーリングを成功させたライダーは必ず事前準備に余念がない。彼らは真の冒険家だ。バイクで走ることのリスクを減らす彼らの取り組みは、全ライダーが見習ってよいものだと思う。