Vストロームの混乱、スズキのマーケティングの謎

上記のイラストは、5種類のVストロームのヘッドライト周りである。スズキは今(2023年8月現在)、排気量が異なるオフロード系ツアラーをこんなに持っている。

私がVストロームに興味を持ったのは、混乱ぶりだ。大企業はマーケティングを考慮して商品ラインナップを構成していくものだが、Vストローム・シリーズにはマーケティングの法則がみえない。

スズキは何を考えてこの5車種を投入しているのだろうか。

目次

5種類のVストローム

冒頭のイラストの車種名は以下のとおり。

  • Vストローム250SX
  • Vストローム250
  • Vストローム650、またはVストローム650XT
  • Vストローム800DE
  • Vストローム1050、またはVストローム1050DE
アサオカミツヒサ

このように5種類のVストロームの名前を並べただけで混乱する。なんで250が2つあるんだ。

バイクは5種類あるのに、排気量は250㏄と650㏄と800㏄と1050㏄の4種類しかない。それは250㏄がダブっているからだ。

①と②は別バージョンではなく、別バイクなのである。③と⑤には別バージョンが用意されていて、XTやDEは上位バージョンの名称。

同じ排気量で別バージョンをつくると上位機種にプレミアム感が生まれるので、これはマーケティングの法則にあてはまる。

しかし同じジャンル内で同じ排気量のまったく別のバイクを用意する狙いは、私ごときでは全然わからない。スズキは何を考えているのか。

250㏄版が2種類もある異様な光景

250㏄に2台のVストロームがあることが、私を混乱させる要素その1である。

普通、1つのブランドをシリーズ化するときは排気量ごとにわけるが、Vストローム・シリーズはそのあたりが「ぐちゃぐちゃ」なのだ。

ホンダはマーケティングでも優等生

Vストロームの異様さは、ホンダの正常さと比較すると鮮明になる。

ホンダの現代風レトロ・ネイキッドの「CB・R」シリーズは、CB125R、CB250R、CB650R、CB1000Rというラインナップになっている。

「CB・R」シリーズをマーケティングの視点から眺めると、次のように整理できる。

「CB・R」シリーズのマーケティング的特徴
●CB125R :125㏄だからバイクに興味があるものの少し恐く感じている人向け
●CB250R :250㏄だからバイクに少し慣れてきた人向け
●CB650R :650㏄だから初めて大型バイクに挑戦する人、またはビッグバイクに乗りたいけど予算が少ない人向け
●CB1000R :1000㏄だから本格派ビッグバイクに乗りたい人向け

ホンダのマーケティングは公式とおりだ。さらに「CB・R」シリーズは免許制度とも整合性が取れている。

「CB●R」シリーズと免許制度
●125㏄:小型二輪免許で乗れる
●250㏄:普通二輪免許(いわゆる中免)で乗れる
●650㏄:大型二輪免許で乗れるミドルクラス
●1000㏄:大型二輪免許で乗れるモンスタークラス

ホンダは優等生といわれることがあるが、それはマーケティングでも同じなのだ。

「2気筒、24ps、65万円」のあとに「単気筒、26ps、57万円」が出た

①Vストローム250SXのエンジンは単気筒で馬力は26ps、価格は約57万円。一方の②Vストローム250は2気筒、24ps、65万円である。価格はいずれも税込で、以下同。

先に販売されたのは②Vストローム250で、その次に①Vストローム250SXが登場した。一般的にバイクの性能は気筒数が多いほど優れているとみなされるので、スズキは性能が高い2気筒を出したあとに、性能が劣る単気筒を出したことになる。

普通のメーカーはこういうことはしない。普通のマーケティング戦略では、新しい商品を出すときに、先代の商品より優れたものを出す。そのほうが消費者に高い商品を買ってもらえるからだ。スズキはその真逆をいく。

ただ考えようによっては、スズキは、②Vストローム250の65万円を高いと感じる人のために安い①Vストローム250SXをつくってあげた、と解釈できる。この戦略はよくあることだが、しかし普通は、廉価版をつくるときは排気量を小さくしていかにも「安いバイクです」というつくりにするものだ。

ところがスズキはなんと、後発であり廉価版でもある①Vストローム250SXの馬力を、先発であり豪華版でもある②Vストローム250より2psも上げてしまったのだ。②Vストローム250を廃止して、新しい①Vストローム250SX一本にするのであればまだわかるのだが。

私には、①Vストローム250SX より8万円(=65万円-57万円)も高く2psも劣る②Vストローム250を買う理由がみつからない。

非V型にVをつける勇気

5種類のVストロームのエンジン形式は以下のとおり。


エンジン形式
①Vストローム250SX単気筒
②Vストローム250並列2気筒
③Vストローム650、またはVストローム650XTV型2気筒
④Vストローム800DE並列2気筒
⑤Vストローム1050、またはVストローム1050DEV型2気筒

VストロームのVはV型エンジンを意味するはずなのだが、何と①②④はV型エンジンではないだ。

Vストローム・シリーズは2004年に650㏄版が、2002年に1050㏄版が出てスタートした。このときは両方ともV型エンジンで、その流れを汲んでいるので③と⑤は今でもV型2気筒を積んでいる。

ところがスズキは、そのあとでラインナップを増やすときに、V型エンジンを使わないのにVストロームの名称を使ってしまった。

5種類のVストローム・シリーズはデザインに統一性があり、スズキがすべてのVストロームという名称をつけたかったことは理解できる。それでもやはり非V型エンジンを搭載したバイクにVの文字が入っていることに違和感を覚える。

私のような細かいことを気にする人の違和感など完全に無視したスズキは、勇気があると思う。

800㏄-650㏄=150㏄の差しかない

650㏄の③Vストローム650と、800㏄の④Vストローム800DEの差は150㏄しかない。それなのにこの2台は、エンジンも車体もまったくの別物の別のバイクである。

例えばヤマハのYZF-R25(249㏄)とYZF-R3(320㏄)は71㏄の差しかないが、エンジン・ブロックも車体もまったく同じである。しかもR25は車検なし、R3は車検ありなので2種類あることに意味がある。

ところが③Vストローム650と④Vストローム800DEは両方とも大型二輪免許が必要なミドルクラスに属するので、お互いに市場を食い合うことになる。もちろん同じジャンルに複数のバイクがあることは消費者の選択肢を増やすので良いことなのだが、しかしミドルクラスのオフロード系ツアラーにはそれほど大きなニーズはない。大きな市場でないところに2台も投入するスズキの意図は、やはり私ごときではみえない。

ただVストローム1050DEは見事

大御所の⑤Vストローム1050を確認していこう。

⑤Vストローム1050の別バージョンであり上位機種でもある⑤Vストローム1050DEの全長は2,390mmで、最小Vストロームの②Vストローム250の2,150mmより240mmも長い。堂々とした風格だ。

⑤Vストローム1050 DEの装備重量は252kgで、2番目に大きい④Vストローム800DEの230kgより22kgも重い。重いと取り回しに苦労するが、ビッグ・ツアラーの重量感を演出するのには良い。

このように⑤Vストローム1050DEは、Vストローム・シリーズのなかで別格であることがわかる。

最上位機種がシリーズのなかで大きな存在感を持つことはマーケティング的に有利だ。なぜならトップ機種が立派だと、下位モデルのイメージが向上し販売にプラスに働くからである。

⑤Vストローム1050DEのマーケティングの優れた点はまだある。

アフリカツインと比べると「うまさ」が光る

⑤Vストローム1050DEを、ライバルになりうるホンダのCRF1100Lアフリカツイン・アドベンチャースポーツESと比べてみる。アドベンチャースポーツESは、アフリカツインのマニュアル車の上位機種である。

■Vストローム最上位 VS アフリカツイン最上位


⑤Vストローム1050DEアフリカツイン・アドベンチャースポーツES
排気量1,036㏄1,082㏄
全長2,390mm2,310mm
馬力106ps102ps
トルク99N・m105N・m
価格1,716,000円1,947,000円

排気量はアフリカツイン・アドベンチャースポーツESのほうが少し大きいが、全長は⑤Vストローム1050DEのほうが長い。

馬力は⑤Vストローム1050DEが勝り、トルクはアフリカツイン・アドベンチャースポーツESが上回る。

このように「排気量・全長・馬力・トルク」対決は五分の結果となった。

しかし価格は、⑤Vストローム1050DEはアフリカツイン・アドベンチャースポーツESより231,000円(=1,716,000円-1,947,000円)も安い。

パリダカ優勝マシン・レプリカ的な存在であるアフリカツインのネームバリューは捨てがたいが、お得さは断然⑤Vストローム1050DEといえよう。

コスパはスズキの最大の強みであり、その信念はVストロームにもしっかり生きているのだ。

しかし⑤Vストローム1050DEになって急にマーケティングが上手になるところは、やはり混乱する。

まとめ~もちろん理由はあるが「しかし」なのだ

スズキは特殊なバイクメーカーとして知られているが、Vストローム・シリーズの「混乱」ぶりはその顕著な例である。Vストローム・シリーズで行われている市場の食い合いも強引なネーミングも、マーケティングの法則に合わない。

もちろんスズキなりに理由はある。①Vストローム250SXはジクサー250と、②Vストローム250はGSX250Rと、③Vストローム650はSV650と、④Vストローム800DEはGSX-8Sとエンジンを共有している。1つのエンジンで複数の車種をつくることはコストダウンに貢献しているので、マーケティング的には「間違っていない」。

ただスズキは時価総額2.5兆円の超巨大企業であり、普通はそのような優秀な会社はマーケティングで「間違わない」だけでなく「混乱させない」ようにする。スズキはそんなのおかまいなしだ。

この「間違っていなければ」多少「混乱してもよい」としてしまう方針こそが、スズキの強さなのではないか。

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この記事を書いた人

●著者紹介:アサオカミツヒサ。バイクを駆って取材をするフリーライター、つまりライダーライター。office Howardsend代表。1970年、神奈川で生まれて今はツーリング天国の北海道にいる。
●イラストレーター紹介:POROporoporoさん。アサオカの親友。

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