カスタム・バイクの醍醐味は違和感と驚異だと思う。
「なんだこれ」と言わせる違和感か、「うわあ」と言わせる驚異か、いずれかどちらかでもあれば優れたカスタム・バイクといえるが、滋賀県日野町のCUSTOM WORKS ZON(以下、ZON)がつくる作品には両方含まれる。
ZONの吉澤雄一さんはさらに、ときに拒絶を生むことがある違和感と脅威を手懐け(てなずけ)てしまう。だからZONのバイクは初見は奇異に映るが、そのままずっとみていられるのだ。
チョッパーと異色ドカが同居している
吉澤さんに「紹介記事を書かせてください」とメールをしたら、すぐに了解してくださった。お礼の電話をしたら、ものすごく良い声だった。
冒頭のイラストの2台は、ZONが製作したハーレーのチョッパーとドカティのモンスター。そう、下の異色なバイクはあのモンスターがベースになっている。
私がこの2台を最初に紹介したのは、ZONの特徴が出ていると思ったからだ。
方程式を使うことも、方程式を捨てることもある
チョッパーには方程式がある。つまり、とにかく長く、とにかく高く、とにかく低く、である。そしてイラストのハーレー・チョッパーもこの方程式に当てはまる。もちろん随所にZONの巧みな加工が施されているのだが、それでも誰もが一目でチョッパーとわかる。
これだけ高品質のハーレー・チョッパーをつくれるZONは、チョッパー屋といえそうだ。
ところが異色のモンスターもつくってしまったことで、ZONはチョッパー屋と呼べなくなってしまう。本場アメリカでもチョッパー屋は普通、ドカティを手がけない。
しかもこの異色モンスターは、方程式がない。これがすごいのだ。
吉澤さんは、方程式を使ってバイクをつくることもあれば、「方程式? そんなもん要らねえよ」という感じでつくることもある。
なおZONのチョッパーについては、それだけで記事が1本できてしまうほど奥深いので、本稿では深追いしないでおく。
BMW「これでバイクをつくってくれ。走ればいいから」
アメリカン以上のアメリカンだ、とR18をみたときに思った。アメリカン(=クルーザー)は結局のところハーレーのVツイン・エンジンでしか決まらないと思われていたが、BMWは1,800㏄の大迫力の水平対向エンジンでその常識を覆した。
BMWはR18をつくるためだけにこのエンジンをつくった。つまりコスト度外視でハーレーの牙城に乗り込んでいったのである。
なぜここでBMWを解説しているのかというと、吉澤さんもR18のプロモーションに一枚かんでいるからである。
DEPARTED「出発しちまったぜ」
R18のデビューは2020年。BMWはその数年前に、R18に使われることになるエンジンと駆動部品だけをZONに持ち込んで、これでカスタム・バイクをつくって欲しいといった。条件はただ1つ、走ること。
BMWが開発中のバイクのエンジンを社外に持ち出すことは異例中の異例。このプロジェクトは極秘裏に進められた。
吉澤さんは完成したカスタム・バイクをDEPARTEDと名づけた。Departは「出発する」という意味で、その過去形のDepartedは「出発した」となる。
BMWがR18を出発させるよりも先に「俺が出発させちまったぜ」ということだろうか。
太と細を融合させた美
「走りさえすればどんなバイクになってもよい」というBMWの意向とおり、ZONのDEPARTEDは異色かつ奇異なものになった。
DEPARTEDが異彩を放つのは、でかくて太いエンジンを積む車体を「細(HOSO)」でつくってしまったからだろう。トラスフレームを構成する鉄パイプも、タイヤも実に細い。まるで巨大カボチャを竹細工の籠(かご)に入れたようだ。
BMWはエンジンと駆動部品しかZONに渡していないから、フレームもホイールもZONがつくっている。
「でか」と「太(HUTO)」を「細」で表現するのは相当勇気が要ったのではないかと推測する。なぜなら太と細が組み合わさると大抵はちぐはぐになるからだ。
しかしDEPARTEDにはそういった破綻がない。それは多分、ド迫力のエンジンとタッグを組むことができる芸術的な美があるからだろう。そう、スタン・ハンセンの相棒が務まるのはブルーザー・ブロディだけだったように。
DEPARTEDは美しい。
破綻を導くはずの要素が美をつくってしまった。だからド迫力を細でもしっかり受け止めることができている。
DEPARTEDをみて「持ってかれた」と感じた人は、BMWが、吉澤さんと、そのパートナーである植田良和さんにインタビューしたユーチューブ番組をご覧あれ。どちらのサイトでも同じ動画を視聴できる。
さらっと格好良いバイクもつくる
このカスタム883(パパサン)を、ZON公式サイトの中古車両販売のページでみたとき、「もしかしてこれもZONがつくったのか、まさかな」と思った。というのも、公式サイトには「ZONで製作したカスタム・バイクである」とは書かれていなかったからである。
私がこのカスタム883を、本当にZON製なのか、と疑ったのは、ド派手なチョッパーや原形をとどめないドカやDEPARTEDとは、テイストがあまりに異なるからだ。ロックとポップと歌謡曲を歌っていた人が、ジャズを歌っていたら、同じ人なのかと疑うだろう。
しかし、カスタム・ショップが公式サイトに他社がつくったカスタム・バイクを載せるはずがないと思い、それでZONの公式ユーチューブ番組を調べたら、吉澤さんがこのカスタム883を製作した経緯を解説しているものがあった。
このカスタム883は間違いなく、ZONのコンプリート・マシンである。
スクランブラーの方程式にカフェを代入する
このコンプリート883はマフラーを上げてアップハンドルにしているのでスクランブラーに属す。この点は方程式に当てはまるのだが、しかしどこかカフェ・レーサーにもみえるのはアルミタンクをアルミ地を出したまま装着しているからか。つまりやはり方程式から逸脱しているのである。
間延びを帳消しにする小技が光る
では、逸脱しても破綻しないのはなぜか。
このコンプリート883のデザイン上のハイライトは、1)アルミのタンクと、2)のっぺりしたシートと、3)マフラーカバーの多くの穴、の3点であると思う。しかしこれだけなら、よくあるカスタムだ。
このコンプリート883がまとまりを保っているのは、シートとマフラーの間にあるオイルタンクのお陰だ。
スクランブラーにせよ、カフェ・レーサーにせよ、全長が伸びると間延びしてしまう。しかしこれはベースがハーレーなので、どうしても長くなってしまう。
ところが中央に大きめのオイルタンクを置いたことで、ここに「詰まっている」感が生まれ間延びを帳消しにしている。しかもオイルタンクは黒く塗られていて自己主張しないから、このバイクのテーマである軽快感に寄与している。
まとめに代えて~ZONの紹介
CUSTOM WORKS ZONの概要を紹介します。
- 〒529-1607 滋賀県蒲生郡日野町木津185
- TEL/FAX:0748-52-6410
- 営業時間:10:00~20:00
- 定休日:水曜
ZONは吉澤雄一さんが2003年に創業しました。
パートナーの植田良和さんについて吉澤さんは「2人でアイデアを出し合ってつくっている」と言っています。2人は高校で出会ったそうです。
●吉澤さん語録
「誰もやっていないことを形にするのが、僕たちカスタム屋、チョッパー屋の仕事」
「カスタムは、植田と話し合って『今回これやってみたいね』っていうところからスタートする」
「(BMWにDEPARTEDの感想を聞かれて)いいのができたなと思いますよ」
●受賞歴
国内外でほぼ無数