ヤマハXSR700はMT-07の中身でつくらなければならなかった。
ホンダHAWK11はCRF1100Lアフリカツインの中身でつくらなければならなかった。
それなのにXSR700もHAWK11も意欲的なデザインだ。制約が多いなかでもデザイナーはあきらめることなく、全力で個性を打ち出した。
しかし、やはり無理があり、両車とも違和感が残る。とってつけた感じがする。
ただ私は、片方のデザインは成功し、他方のデザインは失敗したとみている。そう感じた理由を解説する。
中身を共通化しなければならない大人の事情
挑戦的なデザインは高く評価したい。売れないリスクを背負って線を引いたデザイナーを称えたい。そのお陰でバイクは今もデザイン・ファンを楽しませている。
自動車では、同じシャシーに形の異なるボディをのせて「違うクルマです」と売るのは珍しくない。だからバイクで同じことをしてもよいはずだ。
エンジンやフレームなどの「中身」を変えずに、カウルやタンク、サイドカバーなどの「外側」のデザインを大きく変えれば、コスト安に2台のバイクをつくることができる。バイクの種類を増やせば、複数の人の志向に合わせることができるので販売台数が増える。
XSR700とHAWK11はそうやって生まれた。
妥協はやむをえないが問題は程度
中身を同じにして外側だけを変えるバイクづくりは、妥協という要素をぬぐうことはできないだろう。1種類のバイクが1年間で1万台も売れた時代であれば、専用のエンジンや専用のフレームを持たせることができただろう。しかし今は、国内の250㏄以上のバイクで年間千台売れたら大騒ぎだ。だから中身の共通化はやむをえない。
したがって問題は、中身をどれくらい使い回すか、である。
例えばエンジンは使い回しても、フレームを専用にすればデザイン上の制約はかなり減る。ところがフレームも共有するとなるとデザインはかなり窮屈になるだろう。
自動車のデザインはほぼボディだけで完結するが、バイクはフレームの形状がデザインにかなり強い影響を与えてしまう。
ヤマハもホンダも告白している
XSR700もHAWK11も、エンジンもフレームもほかのバイクのものを流用している。
昔は、中身の共通化を嫌う消費者が少なからず存在していたので、メーカーにはそのことを隠すフシがあった。しかし今はそうではない。
ヤマハはXSR700の公式サイトで「MT-07をベースモデルにした」と正直に明かしている。
ホンダはもっと露骨に「アフリカツインのエンジンとフレームを活かして生まれたHAWK 11」と告白している。
この姿勢はよいと思う。コソコソ共通化を進めてしまうとセコイと思われるが、堂々と共通化すれば努力している感じがする。
「限られた予算のなかで少しでもバイク・シーンを盛り上げようと挑戦したな」と思える。
参照:
https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2017/1004/xsr700.html
https://hondago-bikerental.jp/bike-lab/hawk11/ride/ride08/
XSR700はGKの気合いの入れ方が違う
XSR700のデザインは、MT-07の中身を使わなければならない運命を背負いながら、見事に成功させたといえる。
デザインを担ったのはどちらも株式会社GKダイナミックス(以下、GK)で、形式上はヤマハがデザインを外注に出している。ただGKはヤマハのバイクの98%をデザインしているといい、事実上ヤマハのデザイン部門と考えてよさそうだ。
参照:
https://www.as-web.jp/bike/216899/2
この形でデザイン料165,000円は格安
XSR700は1,001,000円(税込、以下同)で、MT-07は836,000円なので、その差は165,000円。中身は同じなので165,000円プラスはXSR700のデザイン料と考えてよさそうだ。
少し強引な考え方をすると、デザイン料165,000円は車体価格1,001,000円の16%だから、XSR700の価値の16%はデザインにあるといえる。
デザイン・コストはかなり割高だが、私はXSR700のデザイン料165,000円は格安と思う。
私が評価したデザインを紹介する。
変えない部分と変えた部分のメリハリがよい
私がXSR700のデザインで高く評価しているのが、タンクとシートの下の処理である。フレームをしっかり露出させて金属感や機械感を演出している。
サイドカバーの位置も絶妙だ。多くのバイクは、サイドカバーをシートの下に置くが、XSR700ではサイドカバーをタンク下に配置したので、サイドカバーが存在しないように感じる。これによりXSR700は完全に「上部のタンク+シート」と「下部のフレーム+エンジン」が分離した。
これは初見だと奇異に映る。
ヤマハ(GK)はこれを、ホリゾンタル・スタイルと呼んだ。簡単にいえば水平を基調にしたデザインである。
そしてヤマハは、XSR700のホリゾンタル・スタイルはMT-07のホリゾンタル・スタイルを踏襲した、ともいっている。
変える部分は大胆に変え、変えない部分はあえて変えない。この姿勢がデザインに安定感をもたらしている。奇異なのに安定していると、気持ち良い。
参照:
https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2017/1004/xsr700.html
ヨーロッパ仕込みというプレミアム
XSR700のデザインを担当したGKのデザイナーは、ヨーロッパテイストをゴリゴリに盛り込んだと明かしている。
XSR700はイタリア、オランダ、フランスで形づくられた。さらにマセラティにいたエンジニアやドカティにいたエンジニアも開発に参加したという。
「ヨーロッパ産だから格好良い」と言うつもりはないが、「格好良いものがヨーロッパ産であるとわかった」ときは、やはり納得してしまう。ヨーロッパ仕込みのプレミアム感はXSR700の武器になっている。
参照:
https://www.as-web.jp/bike/216899?all
なぜHAWK11のデザインは失敗してしまったのか
本稿はデザインだけについて語っていることをお断りしておく。つまりHAWK11が良いバイクなのか悪いバイクなのかのジャッジはここではしていない。
そのうえでHAWK11のデザインなのだが、失敗したといわざるをえないだろう。
ただHAWK11のデザイナーの頑張りは、XSR700のそれよりもすごいと感じている。よくここまでもってきたなと感心すらする。「しかし」なのだ。
ロケットカウルと異形ミラーとセパハンを使っているのに
まずはHAWK11のデザイナーの頑張りを指摘したい。このロケットカウルは格好良い。ヌメッとしながらビシッとしていて、ありそうでなかった形だ。ホンダらしい整い方が気持ち良い。
下の写真はトライアンフ・スラクストンのロケットカウルであるが、こちらはいかにも古くデジャビュ感がある。もちろん格好良いのだが、HAWK11のロケットカウルのデザインのほうが攻めていて好感が持てる。
そしてHAWK11は、ミラーがすごいことになっている。ステーがカウルの裏からクネクネと伸びてきて、しかもミラー本体はハンドルの下に位置する。
HAWK11のデザイナーはロケットカウルを汚したくなかったから、ロケットカウルにミラーをつけなかったのだろう。そうであればバーエンド・ミラーにすればよいのだが、しかしこれも最近増えてきているので拒否したのは正解。
HAWK11のデザイナーは、ミラーの性能を犠牲にしてでもこの形にした。HAWK11のミラーはかなりみにくく、安全性に問題が生じそうなレベルだ。それでもこのデザインを採用した勇気は称賛に値する。
そしてHAWK11はセパハンを採用している。1980年代のバリバリ伝説以来セパハンは格好良さの代名詞であり、これをつけて格好良くならないバイクはない。
HAWK11は格好良くなる要素をこれだけ使っているのに、成功しなかったのである。
突如現れた現代建築
HAWK11の後部は、前部と打って変わって現代ふうだ。シートフレームの尻上がりのラインにシートカウルのラインを合わせて一直線にしてしまった。
サイドカバーは複雑な形状をしているのだが、どのラインもスッパリ切っているので清潔感がある。
クラシカルな街並みに突如現れた現代建築といった風情で、これまたとても気持ち良い。
私はHAWK11を格好悪いと感じているのだが、それでも私の好きな部分だけ取り出すと下のような写真になる。
これだけなら文句のつけようがない現代風カフェレーサーであり格好良い。
ゴリゴリのオフ車をカフェに変えた無理がたたったか
ホンダはHAWK11をつくった動機をこう説明している。
「HAWK 11は、アフリカツインの直列2気筒エンジンでワインディングをとことん味わえるバイクをつくったら楽しいんじゃないか、というところからスタートしました」
つまりHAWK11は「アフリカツインありき」ではなく「エンジンありき」でつくられたバイクなのである。しかし実際は、アフリカツインのエンジンだけでなく、フレームも使わなければならなかった。
一方のXSR700とMT-07はどちらも街乗り用であり毎日乗るバイクなので、ジャンルは同じだ。
しかしゴリゴリのオフ車のアフリカツインとカフェのHAWK11では、ジャンルがまったく違う。HAWK11のデザインの失敗は、無理がたたったのではないか、というのが私の答えである。このバイクが、外観だけでなく、せめてフレームも自由につくられていたら、と思われてならない。
ヤマハはMT-07のエンジンを使ってオフ車のテネレ700をつくっているが、フレームは別設計である。ヤマハは街乗りバイクとオフ車のフレームを一緒にする無謀なことはしない。
参照:
https://hondago-bikerental.jp/bike-lab/hawk11/ride/ride08/
苦肉のバイク
私は、ホンダは、HAWK11プロジェクトをかなり厳しい予算で進めたと推測している。
アフリカツインの最上級モデルが1,947,000円なのに対し、HAWK11は1,397,000円で差額は55万円。HAWK11の価格はアフリカツインの72%でしかない。
カフェレーサー・スタイルは(私は大好きだが)世間的には、荷物は乗らないし前傾姿勢がきついから長距離に向かないのでそれほど人気がない。だからHAWK11はバーゲン価格で売る必要があった。
ところが両車は同じエンジン・フレームを積んでいる。つまりホンダは、アフリカツインを売ったほうが儲かり、HAWK11を売るほど儲けが減る。
ホンダはHAWK11を年間1,200台しかつくらない。ホンダの営業利益率が6%だとすると、1,397,000円のバイクを年1,200台売ったときの営業利益は年100,584,000円(約1億円)である。計算式は以下のとおり。
■HAWK11(1,397,000円)を年1,200台、営業利益率6%で売った場合の年間営業利益
●1,397,000円/台×6%×1,200台/年=100,584,000円
1種類のバイクの営業利益が年約1億円というのは、ホンダとしてはとても少ない。本田技研工業株式会社の社員の平均年収は44.7歳で7,787,000円だから、社員13人に給料を支払ったらHAWK11の1年分の利益が吹き飛んでしまう。
●100,584,000円/年÷7,787,000円/人≒12.9人/年
HAWK11は国内専用で海外では販売しない。だから海外でのプロモーションが要らず、これもコストダウンに貢献する。
またカウルをFRPでつくったことは一見すると豪華装備にみえるのだが、実は大がかりな金型が要らないので生産台数が少ないバイクにはコスト安な素材だ。例えばカスタムショップがカウルをつくるときは大抵FRPである。
HAWK11は安く売らないとならない宿命と、安くつくらなければならない運命を背負っていて、それがデザインのクオリティに響いたのではないだろうか。
参照:
https://www.honda.co.jp/HAWK11/type/
https://www.honda.co.jp/CRF1100L/type/
https://www.honda.co.jp/content/dam/site/www/investors/cq_img/library/report/FY202203_yuho_j.pdf
まとめに代えて~コンセプト負けか
オフ車をカフェレーサーにするなんて、ぶっ飛んだカスタムビルダーでも発想しないだろう。そういった意味ではHAWK11はぶっ飛んだバイクである。
ところがHAWK11のキャッチフレーズは「速くない、でも少し速い」と大人しいもの。しかもターゲットは50歳以上の「CB1300は大きすぎて重すぎる」と感じているおじさんたちだ。
HAWK11のコンセプトは「あがりバイク」なのだ。控えめすぎないか。
私は2023年12月現在53歳で、あがりバイクを探す年頃になったが、しかし「はい、あなたぐらいの人のために、あがりバイクをつくりましたよ」と言われて出されたバイクなんて欲しくない。バイクメーカーが本気でつくったバイクを最後に持ちたい。
HAWK11のちぐはぐなデザインは、1)発想はぶっ飛び級なのに、2)コストの制約が強く、3)控えめすぎる思想で、4)本気度が疑われる、といったコンセプトのちぐはぐさに由来するのではないか。
一方のヤマハはXSR700をつくるときに無理をせず、MT-07のエンジンとフレームだけでなく、水平基調というデザイン・コンセプトも流用した。XSR700は単なるMT-07の豪華版なのだ。ヤマハはXSR700を「オーセンティックな」(authentic:本物の、真の)といっている。「MT-07はコスト安につくったので、もっとデザインにお金をかけてXSR700をつくりました」というわけだ。
コンセプトづくりで無理をしたHAWK11と、無理をしなかったXSR700といったところだろう。
参照:https://www.autoby.jp/_ct/17551941